2012年 05月 25日
大弐の三位(だいにのさんみ)
有馬山
猪名の笹原
風吹けば
いでそよ人を
忘れやはする
心覚えのために
有馬山
猪名の笹原
風吹けば
いでそよ人を
忘れやはする
心覚えのために
|
ペーパー版「海峡」の新スタイル
by grpspica メンバーの属性 ノリコ:弁護士 モニカ:ピアノ教師 マサコ:シャーマン ミクシのグールド&ナボコフコミュからお訪ね下さった皆様へ--- グールドと音楽に関するマサコの文章は、 my life with gg (グレン・グールド) に移動中です。 ナボコフ関連のエッセイは、検索して下さると、出て来ます。 ブログの輪 musolog AROMAISM〜アロマ主義 ややバッハ日記 ☆ホメオパシ−と医学と私☆ 弁護士村上秀樹のブログ daisaku's view 津久井進の弁護士ノート life あゆさんのブログ お玉おばさんでもわかる 政治のお話 カテゴリ
タグ
マサコ(376)
モニカ(185) ノリコ(115) ナボコフ(38) 阿波丸(13) うつ病(11) スペイン旅行(10) 石崎キク(9) フランス旅行(6) ダチョウ(5) 武満 徹(1) 大手拓次(1) ソウル旅行(1) 最新のコメント
最新のトラックバック
以前の記事
検索
ファン
|
2012年 05月 25日
大弐の三位(だいにのさんみ)
有馬山 猪名の笹原 風吹けば いでそよ人を 忘れやはする 心覚えのために
2012年 05月 23日
最近しんみりと坂本龍一さんのピアノに触れた。
長い間私と坂本龍一さんの接点は、彼が信頼出来るグールドファンであることだけで、こんなにピアノが上手だとは知らなかった。 グレイの世界。しっとりと雨が降る中、グレイの人がグレイの傘をさして静かに歩いている。 言葉もグレイ。声もグレイ。 ご本人は「緑色が好き」で、理由は 「砂漠ばかり見た時、緑という色、 緑の貴重さに気づいたから」 とのことだけど、彼の世界は、気がキィキィする私をなだめてくれる。 シュトラウス風の曲を弾かれる時は、グールドの弟子みたいに見えて面白い。 「演奏家は充分準備しただけでは足りない。 必ずリスナーが何かを得ないと」 と話される坂本さん。 子供の頃、祖母は銀座で買ったすばらしいグレイの傘を持っていた。 祖母はその傘を自分の「白髪に似合うから買った」と。 亡くなってから50年近く形見のつもりで置いていたが、その骨組みやデザイン、傘の布地は一級品の傘だった。 雨の日のグレイにわざわざグレイの傘をさしていた祖母がハイカラに思えた。 坂本さんのピアノを聴いているとき、その傘が帰って来た気がした。 リスナーが何かを得るべきの坂本さんの願いが叶ったのだ。 私のまわりには絵描きさんが少ない。 だから色についても、時々TVで画家たちの 意見や体験を聞くだけ。 画家山口晃さんが、セザンヌの「緑」の使い方を説明して下さるが、実際の色、重ね塗りを細かく見分けて絵の事を考えることは出来ない。 絵の具の色になれていないのかも。 花の色なら、質感から何から、もっと細かくなれる。 ![]()
2012年 05月 23日
YAMANOSUNから送られたメールに目が点。。
ビックリした。。。 飛ぶ孔雀のなんとゴージャスなこと。 手塚の描く鳳凰みたい。。。。 孔雀が鳥なのは知っていたけれど、実際に見るのはダチョウのように、地上にいる姿。 それで、飛ぶ姿を連想出来ない頭になっていた。 あれだけの羽だから、こんなに大きな姿で飛ぶんですね。 折り畳まれている羽の色もこんなにあるんだ。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 動画がないかと検索。 同じ写真がと動画のあるHP http://nicoviewer.net/sm17384127 http://karapaia.livedoor.biz/archives/52045596.html YAMANOSUNのブログには世界各地の小話や珍しい写真などが一杯です。 たっぷりと時間のある時にお訪ね下さい。
2012年 05月 20日
一歩も庭を歩けなくなる日を想像して、 手入れをしなくても花を楽しめるよう数年前から工夫していた。
紫蘭やアヤメ、花木を多くする庭に変えて来た。 株が増えていくものは地面の空いている所に。 敷石をどければ、いくらでも増えていく。 白い花が好きなので、色の効果を考えて植えたら、ずい分いい庭になった。 気が短いのか、1年草が好きだった。 今は宿根草さまさまである。 スイトピーは背丈が伸びると梯子で花摘みをしなければならず、 目眩がすると落ちて怪我をする。 だから、背丈の伸びないスイトピーが、ほんの少しこぼれ種で育ってくれた。 水やりは、自動式に切り換えた。 どっさり長短に咲いたアヤメは鏡花にお供え。 グールド、リヒテルバラも健在。 暑さで苦しそうだった日本の朝顔は、とっくに止めて、 今は宿根の沖縄昼顔を横渡しにして縦横、織物のようにカーテンを作る。 で、20分庭に出ても大被害の生活でもなんとかやっている。 先日、エッシェンバッハが朗朗とドビュッ シーの「小組曲」を弾いていた。 リストのピアノ協奏曲の後、アンコールで弾いたものだ。 特に最初の「小舟で」は大好きな作品。 「あやめ香水」のように聴こえる。 子供の頃、かサドジュ夫妻の連弾で楽しんでいた。 それが朗朗とエッ シェンバッハ。 共に二人の「アベック変奏曲」を最高だと思っている二人が弾いたから 早速、二人の薫りを心の瓶に詰めて持ち歩いている。 悲しくなったり、身体が辛いとき、瓶の蓋を取る。 グールドバラは芳香で、7月26日が命日のフローレンス母上のために買ったバラも偶然、並外れた芳香だった。 グールドはアベックも小舟も弾かなかった。 弾いていたらどんなことになっていただろう。 ![]()
2012年 05月 16日
「シークレットガーデン」は,エッセイストのシム・ウォンソプ氏のエッセイで紹介された時から見たくてたまらなかった韓ドラである。
上質の韓ドラは、私にとって全くわからないシェークスピアよりは、はるかに面白い。 今月4ヶ月振りに帰宅した長姉を嵌めようと秘かに計画をしていた。 姉「何よこれ。ドタバタは嫌い」 妹「今だけのことよ」 A「こういうものの言い方、うるさい」 I「このドラマはマシな方よ」 A「どうして普通の発声をしないの」 I「そう言う時は音量をさげるの」 A「アクションばっかり?」 I「アクションがないと若い子たちが見ないでしょう。 60年生きている我々の心に響くセリフなんて,きっと 面白くないわ。両世代の視聴者を得るために必要よ」 I「退屈な時は、室内インテリアを楽しむの」 I「それと色合わせ。 壁紙と全く同じ色の口紅をつけているの、気づいた?」 その内、ゲロゲロとカエルのように笑い出す。 「ゲロッ」という単発も連発。と思ったら、さめざめと泣いている。 やった!! 大成功だ。 女性主人公のキル・ライムは、母の理想の女性。 ショートカット、打ち込むものを持ち、正々堂々と生きている。 お金持ちの男性に目もくれない。ところがある魔法の酒で、二人は入れ替わる。 今週の回が放送されるから、これ以上ネタバレは無し。 百貨店社長のヒョンビンは,最近放送が始まった「チングゥ」に別人のような雰囲気で出ている。 韓国の演劇界は人材に不自由していない。 隣国のお陰ですっかりドラマファンになってしまった。 それに音楽の趣味がよいので、聞き惚れている。 シークレットガーデンは、目にはナボコフが喜びそうな蝶が舞い、 耳には万華鏡を音にしたような素敵な盛り上がりが、 私をファンタジーの世界に誘っている。 ![]() 今年もきれいなグールドバラ
2012年 04月 23日
昨日からまた宮崎。今回は2週間。
大揺れが予想された飛行機は、初めて体験するの大きな揺れが1回だけ。 無事にランディング。 機内放送で聞いた現地の気温は「25℃」。 羽織っていたカーディガンを脱いで現地温度へ対応。 で、無事到着した叔父の家は昨年秋から、蓄熱暖房を入れて初めての春。 快適な冬を過ごし、今、時は春ど真ん中。 南国宮崎はすでに初夏のような日射し。 その中で、まだ蓄熱暖房を消せずにいる老夫婦。 夜と朝が寒いのだそうな。。。。 で、日中どうなるか。。。。 たっぷり溜まった熱は暑い日中に放熱されて、大変。 消した方がいいというのだけれど、寒がりの叔母に「まだ必要」と言われると消すに消せない。 叔父もこのままでいいというのだから、消して風邪でもひかれると困るのでただ今静観中。 見つかりにくい窓を開けて温度調節。 幸い私の部屋は暖房機のある部屋から離れているので助かっている。 帰るまでにオフにするタイミングを見つけよう。。。
2012年 04月 17日
春の庭に見送られて、我が家の最初のグランドピアノが引っ越して行った。
家を建て替えた1973年に購入した初めてのグランド。 丁度石油ショックの直後で、浜松で好きなピアノを選ばせてあげると言っていた調律師さんが「商品が少なくて宛てがい扶持になった」ということで、選べずに届いたもの。 鍵盤が重く、いろいろ調整をしてもらいながらつき合ったピアノ。 その後、ご縁があってやって来た2台のグランドと同居。 部屋もずい分手狭になり、生徒数も減ったこともあってアップライトと共に、次なる場所探しをしていたのだが、やっと行き場所が出来て、本日、お引っ越しとなった。 アップライトの時と同じように中の掃除と外を磨き、きれいになった所で記念写真 長年並んでたKAWAIと ![]() 3台揃って ![]() 反対側から ![]()
2012年 04月 14日
鴻巣さんは、ご自身のエッセイも清澄な水が流れるように書いておられます。
勉強になる文章が多く、中でもお嬢さんのお話は、中身が濃くて嫌味がなく、いいお母様だろうなと思います。 この間TVの「課外授業 ようこそ先生」に出演。母校で子供たちに「I love you」をどう自由に訳すかを話しておられました。 私は日本を母国語とされる方(海外生活の経験なし)の英語の「L」の音を聴くと英語全体の様子がわかるので、鴻巣さんの英語は杉田敏先生レベルだと思います。 「L」の音は私にとって、クリーム色。たとえばハングルの「1(イル)」には「L」があるので、クリームの響き。ハングルの「2」は「いー」なので、これが真っ白。 私自身の持つ数字のイメージは「1」は白で、「2」が黄色。これが混乱の元になる。 つまり数字から受けるイメージと、ハングルの音から受けるイメージが交錯するのです。 『전 일 더하기 일이 이가 아니라 삼도 사도 될 수 있는 사람이 좋아요. 私は1足す1が2でなくて、3にも4にもなる人が好きです』 という文を覚えて克服しようとしたけれど、いざとなるとバタンバタンと色が交錯するだけ。いつも「イル」が「2」で「イー」が「1」になって しまう。とてもくたびれます。 固有数詞の「ハナ(1)」「トゥル(2)」の方は問題がない。 他の原語の響きでは数字と色の関係で混乱したことがないのに.....。 日本語の「いち」「にい」の音が色分けの原因になっていると思い分析すると、どうも「N」が黄色の色素になっている。 そういえば、ハングルでは「L」と「N」は何時も入れ替わる。 「L」と「N」は、発音する時、L」は舌の両脇から音を出し、「N」は鼻に抜く。 ちなみに私は「L」の音が大好きで、過去形に多く出てくるロシア 語、そしてそのキリル文字「л」を見るだけで心が安らぎます。 共感覚の種類の多さ、激しさによっては、苦しみの多い方もいらっしゃるようで、この程度で厄介だと思う私は、改めて,他の人を理解することの 難しさを思うのです。
2012年 04月 10日
音楽家の武久源造さんは、以前インタビューで
「グールドが書いたものを読んでいると『家庭』を感じる」と。 それはあたかもグールドの書いたものの中に「家庭」という言葉がいくつもあるように響いた。 グールドは「コンサートはなくなる」と言っていたから、当時、彼の演奏を聴く場所は家庭だったから、武久さんにそう映ったのかなと思い巡らしたものでした。 私は鴻巣さんの訳書を読むと、鴻巣さんは「日本語を3万語知っている」と思えてしまいます。 実際には、本の中にそれ程違った言葉は出てこないので、なぜそう感じるのかを考え、多分,訳者としての想像力がそれだけの言葉の世界を読者に伝えているのだと思っています。 鴻巣さんは、おそらく共感覚者ではないと思うけど、どういうわけか、共感覚系の作者の作品を実に沢山訳していらっしゃる。 ご本人によると「他の訳者が訳せないものばかり自分にまわって来る」とのこと。 鴻巣さんの訳者としての想像力は、宇宙を駆け巡り、自分とは異なる人への理解に繋げていくとしみじみ思いました。 武久さんの感受性や発言はいつもユニークなので、つい鴻巣さんを思い出しました。 サン=テグジュペリが 「物事は心で見ないとよく見えない」 と言っていますが、演奏家が音符を通して心で見たものと,翻訳者が言葉を通して心で見たものを、音や言葉でそれ以上のものをこちらに伝えることが出来るのは、余程の愛の持ち主でなければ無理でしょう。 ![]() 写真 原種に近いというオダマキ。あらあら日焼けが。。。
2012年 04月 02日
訪問者数が延べ60000人を超えました。
ちょうどで書き込みたかったけれど、10人オーヴァーしてしまった。 まあ自分たちのアクセス数も入れてのお話だから、正確にはわからないけれど。 以前から名刺を作るとわかっていたことらしいけれど、訪問者の流れというか、読まれた記事や検索ワードがわかるシステムになり、それがとても面白い。 よく読まれる記事というのがあることがわかります。 自分の記事だけでいうと、ダチョウ牧場、食器棚の大改造、消えた香雪記念病院などなど。 検索ワードもあってやはり、ダチョウ、棚、香雪記念病院が出ている。 検索だけじゃなくて、定期的にお尋ね下さる方々もあり、有難いことです。 年賀状に「近況報告のつもりで続けて下さい」とか「お薦めを買いました」とかあると、足跡はなくとも繋がっているのだなあと嬉しいものです。 さて今度はいつ次のセブンに上がれるのでしょうか。 楽しみです。
2012年 03月 27日
SNSのマイブロガーさんの日記に
>3歳の子供でも、考えることが出来れば『哲学をした』といえる。 とあった。 本当にそう思う。 哲学を職業にしている人より、普通の人の方が、ずっと簡単に言えてる。 愛について。 韓国のシンガーソングライターが古き良き時代に書いた『愛は』の中の 「愛は 美しい雲であり、見えない風 ......中略..... 与えても与えても、足らない。 受け取っても受け取っても、足らない」 が、私にとって愛の状態。 それからフランスのアランの言葉、 「愛は、未来を切り拓く人間の本質的な感情である」。 この愛を感情として分類した所に「いいね」を送る。
2012年 03月 26日
小野 潮 先生
素晴らしい授業をありがとうございました。 3月末、最後の週の放送を聴きながら、ペンを取っています。 思いやりと気の利いた視点で構成されたフランス語講座は、ユニークであり、斬新でした。 4月からの講座では、私が待望していた全くの初心者を対象にした放送が始まります。 生徒を少し背伸び気味で詰めるのがいいのか、いつまでもゆっくりやるのがいいのか、はっきりした所は未だにわかりません。 私の場合はフランス語を始めた数年は、半年間で全文法を紹介される講座が続き、途中で挫折する事がありました。 明快で親切心のある先生方の授業はいつでも幸せになれます。先生の講座は,フラ語がなぜ難しいかに焦点を置いて「同じ音が多い」を中心に区分けをして下さり,学習の助けになりました。mixed upしやすい所を徹底分解してあったので、とても習い易かったです。 先生のお声は軽やかで澄んでいて、お話のなさり方が爽やかです。私は先生と接していると「きっといいお母さんに育てられたのだろうなぁ」と思います。 節約で古いテキストで聴いていたアンコールですが、お世話になったお礼に新しくまとまった物を購入致します。そして将来、フラ語の好きな子供にこの素敵な講座があった事を伝えていきます。 本当にありがとうございました。 とても楽しかったです。
2012年 03月 25日
ハングル学習のために吹き替えの韓ドラは全く見ない。
しかし「イタズラなkiss」は見てしまった。 主人公のオ・ハニが,同学年の天才スンジョ君に4年片思いをして、ようやく射止めるお話。 その憧れと片思い振りが、31年前より遡る私のグールドへの状態と全く同じなので、笑ったり応援しているうちに,ちょっぴり若返った。 主人公オ・ハニは幼い頃母親が亡くなり、調理師の父親と暮らしている。真っ直ぐで愛らしい人柄。 一方スンジョ君は、ニヒリスティックでハニなどは大バカと思っている。テニスも料理も上手で、勉強はしなくても出来るタイプ。 ハニは、パッパラケだから、その辺りの格差が私とグールドの差みたい。 11年前、料理の合間に憂さ晴らしに、あちら住まいのグールドにメールを送っていたけど、今は80才と半年のGG。久しぶりにメールでも送ろうかな。 ****** パパ、お元気ですか? 11年前、今治タオルが不況でたいへんだったけど、その中で人と同じ亊をしなかったタオル会社がありました。 それで中国製に打ち勝つかと喜んでいたら、なんと中国が今治タオルの商標を横にしただけで、世界の市場に中国製タオルを流しているのです。なんと厚かましい国でしょう。 フランスでは、この冬、全く暖房が付けられない人が6人に1人いました。 ワールドニュースってたって、こんな位。戦争の話も山程です。 日本では一昨年の大学卒の半数が、すでに離職して失業しています。高卒は2/3が失職中。 去年、弁護士の試験に通った人の5人に1人が年60万の弁護士会費が払えないでいます。 私は相変わらず、味見出来ないで料理をして、、、。 それにしても今は、どの星,あるいは天体で生活していらっしゃるのでしょう? 生まれ変わるご予定は? それでは又ね。 合い言葉「GG」 *********** 韓ドラ「イタズラなKiss」は日本のコミックを原作としたテレビドラマ。 原作者 多田かおる(1960年9月25日-1999年3月11日) 「イタズラなKiss」 多田かおる
2012年 03月 25日
今日96才になる伯母が、長年ケアホームで大勢の老人に接した事から
「認知症になる人には、似たような性質があり、性格のせいではないか?と思う」 と言っていました。 脳は性情を作るのかな? まだ読み切れないけれど、大井 玄 著『「痴呆老人」は何を見ているか』新潮新書に 「人は皆、程度の異なる『痴呆』である」とあります。 それにしてもサッチャーのような人たちが1人の大金持ちのために一万人がホームレスになる21世紀を作ったのですね。 企業はボロ儲けしていて、機械類が充実した分、人手が要らなくなった。企業が儲けを社会に還元しなくなったの意見があるけど、私がボケたら、サッチャーのように手厚い介護は得られないでしょう。 それにしても大井先生の本は、政治、哲学、社会、歴史、宗教、すべてを網羅する圧巻の書物でありまする。 ボケ混じりの知能指数が著者程でない私が読み終えるのは、認知症がひどくなる前であって欲しい。
2012年 03月 24日
10年前、電磁波過敏症の生き地獄をさ迷った頃に比べると、私は今、天国のような生活をしている。
放送大学では、イスラム社会の歴史とその仕組みを学ぶ。 韓ドラに夢中になる。多勢の韓国演劇人を自分の兄弟姉妹、身内のように感じて、毎日を過ごす。 昔よく知らなかった事が、TVのお陰で詳しく理解出来るようになる。 1983年2月4日に摂食障害の為に亡くなったアメリカの歌手、カレン・カーペンターの評伝的ドキュメンタリー。 彼女と長く時間を共にした人々の生きた証言が多くて、心を打つものだった。 摂食障害は私にもある。 摂食障害になりやすいタイプの人は 1. 完全主義 2. 周囲の期待に応えようとする 3. 世話好きだけど、自分の事は気にかけない 4. 完璧、理想を追いかける為、自身を価値無きものと思い込む。 正にぴったりだ。 カレンの事を詳しく知る前,私は摂食障害とは「愛情不足で起る」とだけしか知識がなかった。 私自身は幼い頃から愛情に恵まれる人生だったので、よそ事だと思っていた。 また憑依された時、食べても食べても、食べた物を喉の下くらいでパッと人に取られる感じで、それは憑依した霊魂のせいだと思っていたので、自分では摂食障害ではないつもりだった。 我がままな人が「自分は我がままではない」と思っているのと同じ。 母があれ程手をかけた分、私が我がままにならないように釘を刺したにも関わらず、私は我がままだ。 その事がよくわかるようになった時と同じ体験だった。 で、つくづく気が楽になった。 この4つのことを反対にしていけばいいのだから。
2012年 03月 16日
大したことではないけれど、今日仕事をしていて気がついたことがある。 生きていれば問題は次々に起こる。 どんな仕事だって結婚だってずうっとらくしてやって行けるわけではない。 トラブルのない人生なんてないからね。 人は様々な問題で悩みながら生きているが、自分が自分で選んだ問題で悩んでいられることを幸運と言うのではないかしら。 そして、その解決方法を自分で選べることを幸せと言うのだろう。
2012年 03月 01日
1966年から我が家にあったアップライトのピアノ。 46年後の今日、我が家から新しいお宅へお引っ越しとなった。 ![]() 象牙鍵盤で、素晴らしく粒の揃った真珠のような音を沢山響かせてくれた思い出深いピアノ。 ![]() でも、そろそろ身辺整理をしなければ,身動きが取れなくなる。 そんな事を思っていた時に震災。 どなたか使っていただける方にと思ったけれど、1人の力では何も出来ない。 ネットで幾つかの「被災地へピアノを」という運動をされている所を見つけたけれど、そういう団体は製造年○○年以後、あるいはある型番以降のものという指定があって、我が家のピアノさんは当てはまらない。 友人、知人にお話して、事務所の1台は知り合いのお宅へ。 そして思い出深い我が家のアップライトは神戸の知人の生徒さんのお宅へ。 ![]() 1度、ハンマーを新しくしてもらい、最近は生徒が減って使う回数は減ったけれど今日までほぼ現役で働いてもらった、まだまだいい音を出してくれるピアノだ。 新しいお宅では、ご家族みんなで喜んで迎えられた様子。 淋しくなったけれど、もうひと頑張りいい音を出してね。 ![]() 全体の写真2枚とも超ピンボケ。。。。。 昔の写真は今直ぐには探せない。 出て来たらその時にまたアップし直そう。
2012年 02月 28日
1月8日スケートの全国大会が無事に終わりました。ここには日本の新幹線のような便利な乗り物がないので往復1320キロを自分ひとりで運転して帰って来ました。やはり疲れました。
成績は1月3日に行われた「規定」で今までの平均点7.06を大きく上回る7.3を出すことが出来ました。最高点7.5はまさしくコーチと私が目指していた点数でした。結果は2位。まだまだ満足なスケートには至っていないのでこれからまた練習に励みます。これで、今年4月にオークランドで行われるオセアニア選手権大会への出場が決まりました。 去年は初心者グレードでの出場でしたが今年は昇格してマスターズ・グレードへの挑戦となりました。どうなることやらと思いましたが、お陰様で好成績を残すことができました。 終了直後、コーチからオセアニア大会出場基準を悠々超えたことを聞きました。すぐに公式成績表を大会本部から出してもらって日本のスケート連盟に送りました。 NZでスケートをしていても、オセアニア大会のような国際大会には、NZ選手として出場することは出来ません。自分の国籍のある日本からの出場となります。日本の皆さんにはたいへん申し訳ないのですが、私が2012年オセアニア大会・日本代表選手の1人ということです。恥ずかしくない成績を出して来たいと思います。 正直なところ、この歳になってスポーツの国際大会に出場することになろうとは思ってもいませんでした。 子供達もそれぞれ良い結果が得られて努力した甲斐がありました。大きな大会に参加すると、色々なトラブルや不都合は避けられないこともありますが、それにも増して様々な感動や言葉で言い表せないような嬉しさや力強いエネルギーがあり、そういうものに圧倒されます。 時間もお金もかかりますが、自分に熱中できるものがあることを何より有り難く思います。 2月6日からの10日間、私達のコーチがローラースケートの本場イタリアから世界的トップスケーターを育てたコーチをネルソンに招いてくれました。私も個人レッスンを受ける機会に恵まれ新しい技術に触れました。私のスケートはこれからどんどん発展するのだという自信がつきました。課題は山積みですが。 先週、日本の連盟から「オセアニア大会出場手続きが公式に受理されました」との連絡をうけました。 まだこの競技「規定」を始めて1年半しか経たない自分がここまで来られた・・・と思うと嬉しくてなりません。 ベテランぞろいのオセアニア大会常連の選手たちに混じってどこまでやれるか試してきます。
2012年 02月 25日
アメリカでは、大学授業料が38000ドルで、寮に入ると8000ドルかかるそうだ。
これって年間の費用なの? かつて年間5万ドルの収入があれば一家族まあまあに暮らせるとのことだったけれど。。 カナダオンタリオ州、ヒューロン湖のほとりに原子力発電所がある。オンタリオ州の消費電力の20%をまかなっているそうだ。 そのありさまはまるで軍事施設。特殊部隊の人達が職員で、経営も元軍人。テロに備えると言ってずっと訓練を繰り返している。 畜産で有名なアルバータ州(カナダ)でも原発の設置が予定されていたが、中止になったそうだ。 日本の原発は、テロとデモと暴動とストのない国の自爆テロのように思える。 アメリカはビキニ諸島の核実験の被害者に年間で480ドルの補償金を払っているそうだ。聞いた時は1ヶ月分かと思ったけれど、1年分だっ た。 世の中はいつも変な所。。。 フランス語講座の北村亜矢子先生とセバスティアン・ジャフレド先生が「シンプルに生きる」と題するドミニック・ローホさんへのインタビュー 形式によるリスニングテキストを作られた。 教材としては、ジャフレド氏のイラストが大きな助けになっている。引っかけ問題がおもしろい。なぜ聞き取ることが出来ないかを詳しく説明して 下さる。フランス語講座では、珍しく素敵な教材。 この靴だけが私の足にぴったりだった。 絵といえば「ニューウェーブ文学で感じる ハングルの世界」で紹介された韓国の新進作家キム・ジュンヒョクさんの「いろいろな楽器の図書館」は、絵と音楽が大好きな方ならではの名作。この度、日本 語版が出版されたのだが、残念なことに作家自身のイラストが載っていないそうだ。人の苦境に音楽が与える力を見事に表現した人間味溢れる名作 が、日本でどの位理解されるか、興味深い。 毎朝、ナム・ユンジン女史とキム・チョントク先生の「センスアップ/ナチュラル表現」のCDを聴く。ナム先生の作られるテキストは透明度が高 い。美しい宮廷料理のように、数十種類、次々と出てくる。 お二人の暖かい柔らかなお声と、輪郭の美しい音の形に、まるでエドウィン・フィッシャーのバッハの平均律を熱心に聴いていた少女時代に戻った かのよう。 全部で48課。おお、奇しくも48のプレリュードとフーガみたい。 この講座の再放送は、今年6月−7月,2ヶ月に渡って新番組「レベルアップ ハングル講座」で午後1時35分,再放送午後11時から15分(月ー金)放送される。 初級から中級へ。これほど注意深く選び抜かれた語学教材をまだ見たことがなかった。 今年の夏に備えて、現代ハングル版言葉の平 均律を150時間は聴こう。 CDは以前に比べ、入れ物がとても快適になっている。 そしてラジオテキストの表紙に絵のない状態 が数年間続いていたが、最近は絵が戻って, とても嬉しい。 テーブルの上の20数冊のテキストの表紙や本文イラストを楽しむことが、私の小さな美術館での生活と言える。
2012年 02月 23日
今回の風邪、病院に行った日は2日とも平熱。
戻って来るとまた熱が上がる。 初回はその午後から3日続いたけれど、 もう下がるだろうと思いつつ暮らし、 今回半日過ぎた頃からまた7℃2分、4分と上がる。 今も、フラフラ。全くねぇ。。。。 2回とも回復期ということで、初回薬なし。 2回目咳止めと補中益気湯。 さてさて、明日もまた熱が下がらぬようなら、 もう1回出かけるかなぁ。。。 逆に言えば、熱が引いたから病院に行く元気が出たということだったのかも。。。 インフルエンザで高熱出してすっきりする方が楽だったなぁ。 週末の仕事もお休みにするかなぁと弱気。
2012年 02月 23日
プリンターの黒インクが危険信号で、
いつ停まるかわからない状況。 だのに、風邪で出られない。 思い立ってネット販売を調べる。 アマゾンに出てた。 黒以外にも買いたいものを買って定価より890円も安い。 これはいいぞと注文。それが午前10時半頃。 そしたら18時過ぎにもう届いた。 びっくり仰天。 お急ぎ便無料ってあったけれど、 これって確かプライム何たらの恩恵? 確か無料体験の時に申し込んだまま。。。。 年会費取られてるに違いないはず。。。 いくらだったっけ。。。と調べると 3900円!!! 良く注文もしていて、あまりの速さに感動していたけれど、 ちゃんと取られてた訳だ。。。 幸い有効期限が2月28日。 本は1500円まで無料だし、他の荷物についても 今後どんな注文をするかわからないから、 はっきり明細の方を選んでおこう。。。 で、解約に。。 さてさて、どっちがお得だったかなんて、わかる訳ないよね。 28日期限切れまでに汲みに行き損ねているお水の確保。 送料が高いからこの際注文をと思っていたら、これは元から有料。 まあ、6ケース注文して530円だからよしとする。 ポチッ。。。。
2012年 02月 16日
火曜日、夕方からおかしくなった。
神戸に来る途中、いつもの薬局で漢方をもらう。 1日半で指示通り6回飲んだ。 昨夜夜中8度を越える熱。朝には7度2分に下がったけれど、インフルエンザが心配でドクターの所へ。 熱は6度1分。 漢方の袋を渡したら、拒否反応もなく、安心。 インフルエンザはの疑いは晴れた。 帰宅後、テレビを見ながらゴロゴロ。 怪しげな体温をチェックすると2、30分で7度2分から8度を行ったり来たり。 足腰ガタガタだけど、比較的元気。 もう少し高い熱を出してスッキリしたいもの。 22年前、母を亡くした直後、夜中に40度を越える熱を出したことがあり、翌日余りに元気そうで、発熱を疑われたことがあり。幸い体温計がそのままだったので信じて貰えたっけ。 あれで、高熱のもたらす益を体感。 今回はあれほどはスッキリしなさそう。残念!!
2012年 01月 23日
だというので、遅くなったお正月の花のアップ。
今年は年賀状まで大幅に遅れてしまったダ。。。 居間のお床 ![]() アップで撮ると ![]() 客間のお床 居間の方がすっきりしたお床なのです。 ![]() お玄関 中国系アメリカ人画家の絵をバックに、お庭の南天を使って。 ![]() いつもより高い感じがするお正月の花でした。
2012年 01月 16日
仔ひつじ会神戸集会
場所は神戸は北野のセントジョージジャパン 参加者46名 雰囲気をお伝えするための写真です。カメラウーマンがへたでぶれていたり、全員がきちんと写っていなかったり、同じ写真の消し方がわからなかったり(訂正済)、不手際についてはご容赦を。 受付 ![]() ![]() テーブル1:71・77・80・83・90回生 ![]() テーブル2:63・66回生 ![]() ![]() テーブル3:69・70回生このグループだけはカメラを意識してます ![]() ![]() テーブル4:役員 ![]() テーブル5:役員 ![]() テーブル6:59・60・62・74回生 ![]() ![]() 音楽科卒業のおふたりによる独唱 有名でないアベマリア・?・I could have danced all night の3曲 ![]() ![]()
2012年 01月 04日
最終日のアップがとうとう年を越してしまった。。。。
年明けのご挨拶はこの投稿を終えてからにさせていただこう。 さて、いよいよソウル最後の日。 この日は車で1日走り回る日。 まずは市内観光から。 宗廟に出かける。 李王朝の王様夫妻の位牌が祭られている所。 ![]() ![]() ![]() 今韓流ドラマ「トンイ」と「イ・サン」にハマっているけれど、 うかつにも、一緒のグループの参加者の 「イサンのお位牌は何処にあるのですか?」 という質問を聞くまで、彼らの場所に立っている事に気づいていなかった。 ガイドさんの「左から13番目です」に、ウルウル。。 トンイは王妃ではないので祭られていないとの事。 側室たちには別の場所があるらしい。 ![]() ![]() 5月には李王朝の末裔たちがここで盛大な慰霊祭を行うとか。 一般人も申し込みが早ければ参列出来るそうだ。 同行してくださった I さんは帰国後、すぐに手続きをして参列出来る事になったとか。 日本でも一般人が列席出来る同じような行事があるのかな。 歴史に疎く、興味も薄いモニカさんにはよくわからない。 その後は、北岳スカイラインをドライブ。 このドライブに付き合ってくれる運転手さんはなかなかいないとか。 事情を聞くと、彼らはガス自分持ちの時給で働いているそうだ。 ガソリンと気を使って運転させられるよりは、 指定された場所へ客を運んで、客が観光中は休憩出来る方が、 疲れない、ガソリンも減らない、で、なかなか受けてもらえない。 そんな中、奇特な運転手さんがいらして、我々というより、 案内を買って出てくださった在日コリアンの I さんの希望を叶えていただけた。 青瓦台への入り口を右手に見ながら、どんどん山を登る。 青瓦台の裏側はかつて、北朝鮮から兵士たちが侵入したと言われる場所。 日頃そのような緊迫感のない生活をしている私には それがどんな事なのか、どれほどの恐怖か、つかめていないように思う。 その山には週日だというのに、多くのハイカーが歩いていた。 神戸市民に取っての六甲山系のような山なのだろう。 そういう所からもとても親近感のある街だ。 ぐるり陶山を廻って降りてきたところは、北村韓屋村(プッチョンハンオクマウル) 古い韓国の住宅が並ぶ所。両班たちが暮らしていた場所らしい。 ドラマの中にもよく出てくるとか。中には現大統領イ・ミョンバク氏の住まいも。 ![]() ![]() ![]() 後、ホテルに戻って荷物を積んで、飛行場へ。 途中、博物館にも行きたかったけれど、時間がギリギリになるので中止。 昼食は昼食はサンギョッサルという豚の焼き肉。 ガイドさんと運転手さんをお誘いしたけれど、 同席では気を使うので、別々にと言われ、我々3人で食卓を囲む。 いつものように沢山のお野菜と共にいただく。 運転手さんの労働条件を聞いたので、食後、少し多めのチップをあげてとても喜ばれた。 途中立ち寄ら「された」お土産物屋さんでは何も買わない。 最後に立ち寄ったのは飛行場の隣にある大きなマーケット。 I さんのお買い物(ラーメン)に付き添いながら、 ペタンコ靴とコチジャンを購入。 飛行場ではシーズンオフでかき氷は食べそこなったけれど、 それぞれに何かを食べて、おしゃべりが延々と続く。 まわりの様子がおかしい。 『ハッ』と気づいて搭乗ゲートへ走る。 呼び出し寸前の最後の乗客となっていた事が判明。 大慌てで飛び乗るという最後。 搭乗ゲートに行って待ってなかった事がこの失敗の原因。 言葉のわかる人と一緒だった事が油断を生んだのだろう。 これからは気をつけよう。 アジョシではなくオッパーと呼ぶように言われたドライバーさんとガイドさん、空港で別れる前に撮った。 ![]() 家で撮したお持ち帰り品の一部 あんずノリコの好物、蜂蜜ノリコの常備食料、化粧品(カタツムリのクリームと口紅) ![]() にせブランド品、コンビニで買ったアルコール、足マッサージ店でおまけでもらったせっけん ![]() ルイヴィトン?の靴下など、いくらだったか記憶は闇のかなたへ ![]() 屋台で買ったものの残り、いわずともわかるけど、トウモロコシ、クリ、銀杏。 ![]()
2011年 11月 07日
朝、ホテル横のミョンドン聖堂に。
韓国のカトリック総本山というところか。 100年位前の建物らしい。 ![]() ![]() 今日は市場巡りの日。 まずは中部市場。 ここは I さん御用達のイカキムチ&たらこ屋さんがある。 入り口で、兄に頼まれていた人参のスライス。 漢方薬の卸やさんで、10箱入を一箱と人参入小ビン10本入一箱。。 見るときれいな蜂蜜も置いてある。 購入予定なしだったけれど、3キロ瓶を一つ。 ![]() ↑これは八百屋さんに並んだ人参 御用達店ではイカキムチ1キロずつを2つ。 ![]() ↑御用達店 たらこは崩れたものは味がきつくて敬遠。 形のきれいなものの味見中と奥から、新しいケースが運ばれる。 開けられた中には最高級のたらこが。。。。 もちろん明太子風なのだけれど、たらこが大好物で辛いものが嫌いなノリコが食べても「おいしい!!」。 1ケースが1キロだと思っていたけれど果たしてそうだったのかどうか。。とにかく1ケース入れてもらう。30000wなり。 ![]() ↑そのたらこ バイク便でホテルに配達を頼む。 I さんがマサコさんにイシモチの干物のお土産を。 これも彼女の御用達の店。美人のお姉さんの店。 ![]() こんな風に20匹のイシモチが一括りに。 ![]() ↑ それをこんな風に包んでくれた。 後で飛行機で持ち帰ると聞いて、縄を解いてばらばらに。 全てをまとめてバイク便でホテルへ頼む。 身軽になって南大門市場へ。 ![]() ここは大阪でいうなら船場といった所。 服が、これでもかこれでもかと並んでいる。 韓ドラで見るパジャマがなかなかにいいので、気に入りがあれば買う予定。 でも気に入ったパジャマはなく、変わりにネグリジェ代わりのワンピースを宮崎の叔母へのお土産とモニカ用。 両方とも20000w。レート的には1400〜1500円位か。 確かに安い。 景福宮へ。 丁度お昼の衛兵交代式の終わりを観る。 ![]() ![]() ![]() あとはインサドンへ廻る。 ここでも I さん御用達のお店へ。 ノリコ、服を買う。ちょっとイメチェン。。。 お昼はフランス風なお店でとサンドウィッチ。 モニカだけ、ケーキを追加。 このお店、椅子の置き方がびっしりで仰天。 人の歩く隙間もない感じがする。 様子を撮りたかったけれど,人がいるので諦める。 後もう1軒服屋さん。 デザイナーの作品を取り扱うお店「ashin」 ノリコ、旅の初めから求めていたジャケットを購入。 (探していたいたものとは少し違うけれど大満足) ブラブラ歩くインサドンはお洒落なお店の多い所。 そんな通りのプランターに植えてあったものは。。お野菜。 お洒落な町にも生活感があってほほ笑ましい。 ![]() 最初の服屋さんの支店でモニカの服を買ってホテルに戻る途中,マッサージへ。 目星をつけた1軒目は予約で一杯。 いつもの両替屋さんで紹介を頼むとホテル横の細い路地裏のビルにある店を紹介される。 中に入るとちゃんとした感じの店。 そこでオイルマッサージ。 受付でみた眉毛のアートメイクが印象的。 ホテルに戻り、買ったばかりのお洋服で盛装して、いざ韓国料理店へ。 タクシー乗車中の会話がなんだか変。 I さんの予感的中で、Aコースの宮廷料理を頼んでいたのにBコースに格下げされているらしい。 ホテルの部屋取りと言い、不手際が目立つので I さんはおかんむり。 最終的にAコースにしてもらえたらしいけれど,着いた先は普通のレストラン。 ネットで調べていた I さんのプランとはずい分違ったものになったらしく、残念がっておられた。 ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() ![]() 食事中、先程のマッサージ店で見たアートメイクの眉毛の話に。 流れの勢いに乗って,予約の電話。 夜8時過ぎでも予約を入れてもらえる。 説明を聞いて順番に。。。。 鼻の怪我以来,昔のように目にポイントを置くようになり、 うまく行かない眉毛書きの煩わしさが無くなった。 左右高さの違いも少し補正され,よかった。 ノリコ、モニカ、お互いの顔を見て「いい!」と言い合い, 自分の顔を見て「変だ...」と嘆く夜となった。
2011年 11月 07日
板門店に行く日。
集合場所のロッテホテルまで徒歩で15分程度。 ロッテの経営者は在日韓国人でかつ成功者として有名だとのこと。 9時出発で最初にバスを降りた記念碑は、朝鮮戦争でフィリピンから来た軍人の記念碑 ![]() いろいろな記念碑がある。そのうちの1つ。(何だったけ?モニカ) ![]() ![]() 統一公園ですよ。(とはいえパンフレットを見ないとわからなかったけど。ノリコ) 外にもいくつかありました。 ![]() 従軍記者の記念碑 ![]() ![]() 昼食を取ったレストラン ![]() 焼き肉定食、食べてしまったので、お隣の人のを撮す ![]() 臨津閣公園で あのリムジンガンにかかる橋である。 かかっていた橋のひとつは壊れていて、ひとつはこのように塞いである。 ![]() ![]() ![]() 川崎重工製の機関車、いつのころからあるのかわからないが、日本が韓国に出向いていた証拠のひとつ ![]() 銃撃戦の後が一杯 ![]() イムジン川にかかる橋がみえますか?(名前忘れた、たすけてくれぇ。。) ![]() ![]() さていよいよ板門店パンムンジョムへ。写真は指定された場所でしか撮れない。韓国の兵士が訓練をうけているところや戦車は駄目、北の人に向かって手を振ってはいけない、ポケットに入る財布とパスポートだけを持って下りて下さい、などなどで、緊張する。 ![]() ![]() 北と南の接するあたりをうろうろする人たち ![]() 韓国の国鳥「カササギ」 思わず指を指してしまった。 ![]() ポプラ事件のポプラを伐採したあたり、事件の碑はポプラの直径を表す円の上にある。 ![]() 帰りのバスの中から、川にある鉄条網と監視所 ![]() 戻って屋台で食事。カンジャンシジャン(?) ![]() 平日の夜にもかかわらず、大晦日の市場のような賑わい。 「スンデを食べて来て」とマサコさんが言ってたっけ。 でも余りの太さと長さに絶句。 写真を撮るためにもと注文する。「2,3切れでいいから」というのに現われたものがこの倍はあった。 なぜ減っているか。多過ぎたので隣に座っていた若い男女にあげたのです。 ![]() 他にトッポギ、巻き寿司を注文。(他も注文したよね。。。) ![]() これは日本にも紹介された有名なチヂミ屋さんらしい。 ![]() お好み焼きのように焼いていく。 ![]() 大急ぎで戻って、チョンドン劇場へ。「miso」を観る。 貞洞劇場 伝統芸術舞台「Miso(美笑) 韓国古典の名作を音楽と舞いで表現した舞台。 歌は2曲程。 ハピーエンドの最後は結婚祝いのサムノリで賑やかに。 モニカはもうノリノリ。 前から5列目くらいの中央席で、誰も手拍子を叩かない時から、一人延々手拍子で楽しむ。 歌の多い舞台より、よかったと話すことしきり。 終了後はホール中庭のようなところで出演者とダンス。 もちろん加わる。 残念なことに帰りにはお風呂に廻るというので、カメラをホテルに置いて来たので写真は無し。 携帯も忘れていた。。。。 夜は現地っぽいおフロ屋さんへ。日本語OK。 アカスリに興味もあったけれど、昨晩お湯につかっていないので今回はお風呂だけに。 受付でアカスリを断った後、トイレを探してウロウロしていると受付のおばさんが現われて、アカスリをしろとうるさい。 凄い剣幕だ。でも頑固に断ると何やら捨て台詞まで言われておっかない。 「日本人ならアカスリをするものだ」と思ってるのだろうか。 深夜にホテル着。よく遊んだ日だった。 この頃「誰ですか?パソコン持ってきて仕事をするなど言ってたのは」 「止めてよかったね」と会話する。
2011年 11月 06日
初めての韓国ソウル3泊4日
友人の I さんに誘われて、体調不良のマサコさんをおいて、I さん、ノリコ、モニカの3人で、10月25日火曜日、関空からソウルへ 免税店 → ホテル → 銀行 → 田舎定食 → コスメ店 → セジョンホテル → ミョンドン出店 → ホテル → マッサージ2時間コース 6時半起床。 7時過ぎのリムジンバスで関空へ。 ![]() 搭乗手続きの時、JALのお姉さん 「overbookingなので午後の便に変更できませんでしょうか?」 もちろん拒否。 8時搭乗カウンター前に集合すると、 I さんも昨日電話で、同じことを依頼された由。 Iさんの情報によると、「変更していただければ飛行機代が無料になる」 時間にゆとりがあるときなら、これはおいしい話。でも今回そんなゆとりはない。 続き座席は取れず、バラバラで3人席の真ん中、でもエコノミーの1番前列だった。 9:40発で11:30着、関空からソウルへは1時間半位のフライト、となればで宮崎までより少し長いくらいだ。 窓から景色を見る事も出来ないので、ちょっと退屈。 早起きもあって、ウツラウツラ。気付くと朝鮮半島の上を飛んでいた。 12時過ぎ待ち受けるガイドさんと合流して専用車でソウルへ。 まずは「お疲れでしょうから、これを飲んで元気に」と差し出されたのが「五味茶」 粉末を溶かしたのをいただいた事があるが、こんなパックは初めて。 ![]() あら、凄いピンボケ。。。。 車からの景色 ![]() ホテルのチェックインタイムに合わせるため、いきなり免税店へ。これは現地旅行社が組み込んでいるので断れない。50分くらいというのを、せめて「30分でいいです」 気に入ったものがあればと見回す。 ノリコは、A4書類の入る軽いバッグ、 モニカは、デイパックと財布 あららキップリングでお気に入りが見つかった。 「飾りのゴリラはいらない」とモニカ I さん、「これに値打ちがあるんですよ」 モニカ「ゴリラだけ誰かに売ろうかな」 まだウォンを持っていないので、I さんのゴールドのカードを借りて、彼女には円で支払う。 ホテルにチェックイン。 キーの番号が「606」に見えたので6Fへ。開かない。 掃除中の人に聞いて「909」と判明。 微妙にどっちにも見えるように記してあって、紛らわしい。 入った部屋は,ツインにエキストラベッド。←写真取らなかった。 過去に泊まったことがあり、予約の段階でその時と同じシングルベッド3つの大きな部屋を頼んだ I さんはびっくり仰天。クレームをつけに、フロントへ。 掃除中の部屋が1つあるというので、荷物を解かずにフロントに預けて街に出る。 1番が両替屋。 ホテルの側の手数料を取らない!という行きつけの両替屋で、ふたりは5万円ずつウォンにかえる。73万7500wなり。えーとこれは円の14.75倍で、ウォン→円は×0.067796ということはゼロを取って0.7倍位ね。 続いて I さんの用事でホテル前の銀行へ。 日本に比べて預金の利率が高いので、ここで預金をする人を何人も連れてきたとか。 待つ間に靴下の山盛りの荷車を見てもよかったのだけれど、銀行にも興味があるので中へ。 I さんとガイドさんにくっついてVIP室に入る。 先客がふたりいてなかなか終わらない。 途中で消えた2人を待ちながら、全ページ、ハングル文字の冊子を眺める。 見当もつかない文字が並んでいる。 マサコサンなら見出しくらいは読めるのだろうに。。。 消えた二人は1Fのカウンターで面談中。 無事に用を終えて、ガイドさんと別れて昼食へ。 初めての食事。確か14時半頃。。。。 「田舎定食」のお店へ。 「定食」と「チヂミ」「イシモチの塩焼き」を注文。 のんびり待つ所へ運ばれて来た小皿の大群。 定食を頼むと付いて来るお変わり自由の小皿たちだ。 ![]() 運ばれてきたチヂミも大きい。 ![]() イシモチもリッパ。 ![]() 小皿には太刀魚の塩焼きも。←これは別注文ですよ。ノリコ ![]() モニカ以外は飲めない人々。 でもここで飲まないのは面白くない。 で注文したマッコリ。。。。 量が多そうで、半分でいいと注文したのがこれ。。。 結構な量でした。 ![]() ここでひとり1万円づつ供出した共通経費で、以後のコースに入っていない食事とタクシー代をまかなう。 「1番若い和い人が会計ね」というI さん。結局数ヶ月違いで自分が会計になるはめになった。 この供出金は最後に空港で清算すると5000ウォンくらいずつ戻った。 さて食事の後は定番のお買い物。。 I さんにいつも買って来ていただく美顔用パックの店に向かう。 お土産も兼ねてカタツムリパックとカタツムリジェル。自分たち用の口紅などを購入。(財布と一緒に下に写真があります) 日本語の上手な愛想のいいお姉さんが相手をして下さる。 福岡に8年住んでいたとか。。。 「お茶をどうぞ」と差し出された缶は「コーン茶」。韓国に来た事を実感する。 I さんにくっついてセジョンホテルへ。ここの皮製品を売る店の女主人は友達だそうだ。 ノリコが皮のコートを身につけてみるが、幸い!サイズが合わない。 注文をして送ってもらうという手もあるらしいが、皮のハーフコートは2着も持っていて、しかもあまり利用するチャンスがないのでNOサンキュー。 その後、ミョンドンをブラブラ。 ![]() ![]() 気に入った財布があれば買おうと思っていた所に、 馬の柄の楽しいそうな財布が目に入る。 「あ、エルメスの新柄!」(正確にはエルメスの新柄のニセモノ!)とブランドに詳しい I さん。 馬がついているのでノリコも近寄る。 買いそうだと見た売り子のお兄さん、 「それは12万ウォンだよ」 I さん 「じゃぁ、9万ね」 お兄さん 「それは、無理無理」。。。。というようなやり取りが続く。 同柄のサイズ違いの財布も目につく。 我々「これもいいね。パスポートを入れるのに具合がいいんじゃない?」 I さん 「これ2つでいくら?」 お兄さん 計算して 「18万」 (これはお兄さんの計算違い。) I さん 「ふたつで12万ね」 と言うや、「ダメダメ」というお兄さんに 12万を握らせてさっさと持ち帰る。 なんだか悪いような気がするけれど、言い値で買うのはバカの証明になるらしい。 この辺のやり取り、値段の記憶が定かじゃありません。覚えていたら訂正して下さい(モニカ)。 私も覚えてませんの(ノリコ)。 真ん中のふたつがエルメス的な財布。中央上がカタツムリのクリーム、その左は? 石鹸ふたつは初日のマッサージ店のおみやげ。その他マサコさんへのビール、あとなんだろう? ![]() 遅い昼食で満腹のため、夕食はパスでホテルにもどる。 さっきの部屋とは大違いの大きな部屋に満足。 休憩後、マッサージに出かける。浅田真央ちゃんも来たことがあるというのを売りにしているお店。 3人並んで施術を受ける。 モニカに当たった人は、中年の女性。 痛くなる直前に手を緩める、そのタイミングがとてもいい。 いい気持で終了。 後の2人は若い人で、ちょっときつめだったよう。。。。 屋台でギンナンと焼き栗、とうもろこし、コンビニでビールと水を購入。 ホテルに戻る。 眠る。
2011年 10月 07日
今回の滞在のメインは、裁判所に提出する1年分の家計と財産管理報告書の作成。
自宅に帰宅後、完成させて郵送予定だったけれど、 昨日夕方、わからない事を質問に行ったのをきっかけに、 勢いをつけて明け方までかかってこちらで仕上げる。 今後の事もあるので、届いた書面の形式をExcelで作り、入力。 これで来年からが楽になる。 それにしても、この時代にこういう書式をCDで渡そうという発想はないのだろか。 月々の管理としてもらったB4の「簡易出納帳」だって、CDで貰えたらどんなに助かった事か。 交渉したけど、配布予定はないと言われてしまい、仕方なく時間をかけて自作。 でもそれが今回の問題を一気に解決してくれたので作った甲斐もあったというもの。 どういう事情で配布しないのか知らないけれど、配布して貰えれば、どんなにか仕事が楽になっていたかと残念に思う。 これってかなりな人エネルギーの無駄遣いだと思うのだけど。。。
2011年 10月 02日
「モニカさん、ちょっと上がってこれ見て」
カレーを作ったのでお裾分けにお尋ねしたお宅。 渡された内視鏡内部の写真。 のどの奥、食道だと思われる当りに、 四角く切り取られたアルミパックのままの錠剤が引っ掛かっている。。。 どういう事か聞いてみると、 「私、間違って飲んじゃったの」 と笑いながら話される83才のおばさま。 何でも韓ドラを見ながら、薬を飲もうとしていた時に、 聞き逃せない台詞があって、気を取られた瞬間に飲んでしまったらしい。 飲んだ後、食道でイガイガ、骨が刺さったような痛みが続き、 昼食のおかずを考えるも心当たりなく、 残っていた薬を見てみると4つ残っているはずが3つしかなく、 考えられるのは胃薬の錠剤。 上下左右、くまなく探したけれど見つからず、 痛みの具合から耳鼻咽喉科では対処出来ないと判断。 大きな病院に駆け込み、調べてもらったものが冒頭の写真。 尖った4隅が食道に食い込んでいる様子は痛々しい。 写真の後、無事に内視鏡でつまみ出してもらったそうで、 その後の傷も写真に撮ってある。 ご友人は鯛の骨が刺さって、手術をされたとか。。。。 (ちょっと想像出来ないけれど、確かに手術と言われた) それを知っていたので、「検査が出来る大きな病院」に駆け込んだのが良かったらしい。 男性が酔っぱらった時に、色々不思議なものを飲み込む事はあるそうだが、 女性で、しかも高齢というのは珍しいと感心されたそうな。 「韓ドラに夢中になっていたからじゃぁ。。。」と大笑い。 今後、同じような人が出てくるかもしれないとも。。。。 切開手術などという大事にならなくてよかったよかった。 お土産に持参した韓国海苔初体験で、しっかりハマられたよう。 次回注文の時は相乗りとなった。 韓国海苔はどなたにも好評で少々かさばるけれど、大助かりのプレゼント。 叔父も韓国海苔で作る一口握りだと、朝からパクパク食べてくれる。 夏に失った体重(ただ今41kg)を少しでも元に戻せればいいな。。。
| |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||