グレープフルーツが実る家 2 by keiko |
「また来年だね」と花のない木を2人で見上げた。
仕事の合間に世間話をして,ジョーンの思い出ばなしを聞いてついでに我が家の出来事も聞いてもらって・・・ 。
その頃には仕事というよりもここが私のもう一つの家のようになっていたような気がする。本当は解っていたのだが,この仕事がいつまでも続けば良いと思っていた。
夏の庭には心地よい風が吹き渡り,ビルが丹精込めて世話をしたバラが庭のそこここに咲き誇っていた。大小の樫の木が適当な木陰を作り,庭全体に深みを与えていた。この季節にベランダから眺める庭は,この家に住むことの幸運を教えてくれるのだろう。
ジョーンは相変らずの痛みと戦いながらも歩行訓練を続け,自助能力を維持することに懸命だった。何かに捕まりながら車椅子から立ち上がり,腰の力で足を動かして身体の向きを変え別な椅子に座る。この動作さえ出来れば車椅子から自動車に,そこからまた車椅子に乗り換えて飛行機にでも船にでも乗ることが出来る。
彼女は娘のリンダの誕生日を祝う為に1人飛行機で1000キロを超える旅をした。
意志の力がどんなに強いか,そのお手本のようなことをニコニコ笑いながらやって見せてくれる。
そして2回目の春,グレープフルーツの深緑の葉の間に小さな白い花をたくさん見つけた。ジョーンは早速ビルを呼んで枝を指さして報告した。
「またたくさん実るといいね」私たちは興奮気味に語り合った。
その実がちょうど小梅くらいの大きさになった頃,ジョーンとビルは彼女の息子が住むオーストラリアに旅立った。大きな農場を買って新しい仕事を始めた息子のたっての希望だった。出発の前は「あといくつ寝たら・・・」とまるで子供のように嬉しそうだった。「私は3週間したら帰ってくるから覚えておいてね。よその仕事で忙しくなりすぎないように。」「大丈夫。3週間したらまた会おう。たくさんお土産話が聞けるように大きな耳を持って来るよ。」
電話がかかってきたのはそれから2週間目だった。隣町に住むビルの儀妹から「ジョーンは息子の家で脳溢血の発作で倒れました。今現地の病院の集中治療室に収容されています。ジョーンがどうしてもあなたに連絡をとってほしいと言うので・・・」衝撃的なニュースに充分な言葉を返すことも出来なかった。
彼女は私の仕事が無くなることを心配していたのだった。神様は何て意地悪なんだろう。あんなに頑張っているジョーンにそれ以上の荷物を背負わせるなんて。集中治療室のベッドの上で私のことを思い出してくれていたことを思うと, 心が苦し
くなった。
老人の生活がさまざまな危険にさらされていることは想像にかたくないが,楽しみにして出かけた旅先で倒れてしまうなんて。ジョーンと過ごした楽しかった日々が,もう帰ってこない過去になったのかも知れないと思うとたまらなく淋しかった。もし彼女が重症なら,自宅に帰れることはない。このまま施設か病院に収容されてしまうだろう。
祈るしかない日が何日も過ぎていった。あの白い花が咲いてから黄色い大きな実がなるまで,こんなに長い時間がかかるのかと初めて思った。
一緒に見るはずだったのに。