元旦の紅茶 by マサコ |
旧年中はいろいろお世話になり有り難うございました。
さて、新年にあたり一杯の「紅茶」をいただきませうか。
野呂マスターの手になる紅茶のお味は如何なものでせう。
「毛利は運ばれた紅茶に角砂糖を入れた。匙でカップの底から二個の角砂糖を
すくい上げて、それが薄赤い液体に解け崩れるのを見守った。紅茶の上にの
ぞいた角砂糖は原形を保っていたが、液面より下に浸った部分はみるみる形
を失い、匙のくぼみに白く拡がり、それにつれて紅茶に浸っていなかった部
分もゆっくりと薄赤い物の中に沈みこもうとしていた。毛利は匙の上の白い
塊から目をはなすことができなかった。目醒めたときにはたちまち薄れてし
の影像が似ているのである。ちらと灰色の海がかすめた。沈む船の甲板を洗
う水。毛利はゆっくりと匙で紅茶をかきまわした。何かが自分の内部で息を
吹き返そうとしている。それはつい目の前まで来ている。手をさし伸べれば
触わることができそうな近さである。それでいて正体を見とどけることができない。」
-------------- 野呂邦暢著「回廊の夜」より
野呂邦暢
wiki https://ja.wikipedia.org/wiki/野呂邦暢