ペーパー版「海峡」の新スタイル
by grpspica
カレンダー
検索
メンバー
ノリコ:2000年セミリタイヤしたのにまだ現役の弁護士

モニカ:元ピアノ教師 得意分野はネットを駆使しての調査
 
マサコ:シャーマン 得意分野は音楽・文学・哲学少々

mari :お絵描き芸者 先祖は猫

ミクシのグールド&ナボコフコミュからお訪ね下さった皆様へ---
グールドと音楽に関するマサコの文章は、
my life with gg (グレン・グールド)
に移動しました。

ナボコフ関連のエッセイは、検索して下さると、出て来ます。

ブログの輪
musolog
AROMAISM〜アロマ主義
ややバッハ日記
☆ホメオパシ−と医学と私☆
弁護士村上秀樹のブログ
daisaku's view
津久井進の弁護士ノート
life あゆさんのブログ
お玉おばさんでもわかる 政治のお話
カテゴリ
タグ
記事ランキング
最新のコメント
問題のビデオですね。 ..
by grpspica at 21:04
動画は何度も切られていて..
by grpspica at 09:18
2017年6月13日「加..
by grpspica at 16:53
Commented by..
by grpspica at 08:49
Commented by..
by grpspica at 08:49
以前の記事

by grpspica | 2005-09-17 14:34 | blogの輪 | Comments(7)
Commented by grpspica at 2005-09-17 17:42
マサコさまの数字占いは奄美大島でも大好評でした。プロと間違われたくらいです。その結果、グルスピのメンバーは、なんと「だいびんぐ」なるものを体験することになりました。詳しくは続報で。ノリコ
Commented by 駱駝蛸彦 at 2005-09-20 10:13 x
奄美大島でリゾート気分とは優雅ですね。
ボクにもかつてこんな話が舞い込みました。
同じ九州ですが、福岡市に編入された「糸島郡横浜」の話です。
父・祖父の出生地です。祖父は第十子で範十郎。酒屋で名士の曽祖父。女系家族の暮らしが窮屈だったためか、祖父は12歳で酒屋の金を一握り、上海へと家出。以降「勘当」の身の上で、ボクは「カンドウの孫」です。
それが、突然、山が三つあるので処分したいという話が来たわけです。
家督はすでに他人に譲っていたのですが、残っていたんですね。
ボクがインドで遊んでいる間に、父も死に、とうとうボクにお鉢が回ってきたわけです。印鑑証明代他として3万円が送られてきました。
その後、10年近く前に「旅人として」尋ねたところ、現地は福岡市から地下鉄が通じており、現地はすでにベットタウンの一角。
真ん前に「金印」の出た志賀島があり、とても気持ちのいい海岸の町。
何気なく歩いていたところ、因縁を感じるあるものを発見してしまったのです。町のはずれの小さな三角地に、「伊藤野枝出生地」という腐りかけた塔婆風のものが立っていたのです。・・・という因縁話は、また後日に。
Commented by grpspica at 2005-09-20 13:24
すごい話。 あぁもったいない。
実は祖父の土地も現地に住む人にあげたらという話があったそうな。そのときノリコが「あげるのは嫌よ。だって夢があるモン」とお断りしたとか。
伊藤野枝って大杉栄の話ですね。その因縁話も聞きたいし、インドの話も聞きたいっ。
Commented by 駱駝蛸彦 at 2005-09-21 08:44 x
そうです。伊藤野枝さんのお話ですが、ボクはもちろん直接お会いしたことはありません。しかし、大杉栄との間に生まれた伊藤ルイ(ズ)さんとは親しくしていただきました。すでに、故人となられた松下竜一さん、前田のオヤジと四人で博多の中州で飲んだこともありました。・・・話がながくなりそうです。
一方、ボクが卒論ほかでも取り上げたのですが、伊藤野枝はマックス・シュティルナーの翻訳をされた辻潤(辻まことの父)の妻(大杉は再婚相手)
であったのです。
ボクが市民活動にのめり込む(?)ようになった思想的なきっかけ(もう一つは水俣病)の一つでもあったわけです。
この腐りかけて誰にも見返られもしない塔婆風のものに出会ってしまったのです。・・・いずれ、また。
Commented by ノリコ at 2005-09-21 13:53 x
松下竜一さんの「その名はルイズ」の伊藤ルイさんですね。マサコが社会運動(?)をやってた間、松下センセの「草の根通信」の読者でした。駱駝さんの市民運動を知ったのも、その頃のはず。
さて前田のオヤジとは?
Commented by 駱駝蛸彦 at 2005-09-22 11:50 x
瓢鰻亭通信の前田俊彦さんです。
三里塚でどぶろくを作っていたオヤジで、ボクが高校2~3年の全共闘運動頃からのお付き合いです。ボクは山谷で、学校に行かない・行けない子どもたちを集めて勉強を教えていた頃でした。
ご存知ですか?
Commented by grpspica at 2005-09-22 12:12
あいにくこの方は存じません。駱駝さんの人生って、ワクワクしそう。ノリコ
<< 蝶の舞う島 by マサコ 肥田舜太郎氏の講演  by ... >>