父の香り by マサコ |
今年は父の35回忌になる。
セキララセンセイはすでに「マジョルカキュー」という不滅の香料を発表している。
女神様が恋をする時にかおる香りということだけど、心に本当の愛があるときは、
ところがこの「愛」がむつかしいのだ。特に家族間では。
私の父の匂いは、研究室の匂い。
父はある春、「三姉妹」というチューリップを大学の庭で、
以下は5年前に書いた文である。
3月22日は父の命日。もう30回忌になる。
化学者で高砂香料という会社につながりがあった。
この2月、図書館で「時間の香り」という高砂香料の広報誌より選出されたエッセイ集を手にした。
「キラロマ」というローズの香りが張り付けてあって誠に魅力的な本だった。
そして1990年出版された「香りの記憶」(同じく高砂香料時報より選び出された85篇)の中で
父は香水より、この冊子を私に与えるべきであったかもしれない。
生前の父は、本屋に頼まれると断りきれなくて、
しかし父が買った「日本の詩歌」全集は、病床の子供には最高の香りの贈り物であった。
10代で素晴らしい詩人の本物の詩に接した私は、
そのわけが最近ようやく山本夏彦さんのコメントによってわかることになった。
訳詩にしても明治時代の文学者と戦後生まれの訳者たち。
「東洋を捨て西洋を取り損なった」日本人の詩。
明治生まれの大手拓次(1887~1934)の詩には香りが漂う。
私が大手拓次の詩に触れたのは柳沢桂子さんの本の中である。
「この人は本物の詩人」と思った。
群馬県磯部温泉の旅館鳳来館の二男として生まれ生涯独身で終わった孤高の詩人。
拓次は30才の時、ライオン歯磨本舗に入社して、ある少女に心惹かれた。
かなしみ
かなしみは糸のごとかり
ほそぼそとたよりなく
もつれし糸のごとかり
悲しみを短い3本の文字の糸にすれば。
この少女とは、後の名女優・山本安英さんである。
美しい詩を書く男性は、その詩にふさわしい女性に恋をするのだなぁと思った。
私は、拓次の詩の香水をまだまだ知らない。
高砂香料は一流企業である。父も一流の化学者であった。
50才を前に人生の香りを嗅ぐ。