『袖すり合うも他生の縁』 by モニカ |
トロントでマサコさんがお世話になったLさんとその弟Dさん。
トロントとシカゴで暮らすお二人は、
ふるさとの台湾で合流し、ツアーで日本入り。
神戸、大阪、京都を観光後、関空近くで解散。
その後こちらに来られたという訳。
弟さんとは初対面。
ベイシャトルで再び神戸入り。
マサコさんの待つ我が家へ。
20年振りの再会に思わず涙ぐむ。
車中、マサコさんの健康状態を聞かれた弟Dさんは
とても理解が早く、「それは大変なこと」と心配顔。
家で電気をつけてお出迎えするマサコさんに
「電気は消して下さい」
窓に顔を向けて座るマサコさんが席を立つと
「彼女の目に光線が直接入らないように
僕はこちらに座りましょう」
と至れり尽くせり。
化学物質の恐ろしさもよくご存知で、
話を伺えば、有機化学専攻とのこと。
有機なら我が父も同じ。
「父も有機でした。ヒノキチオールの研究をしていました」
と話すと、既に父が台北にいたことを知っておられた彼は
「.....N先生の教室ですか?」と父の恩師の名前を言われる。
「はい。私が小学生の頃、TH大学のN先生の研究室に1年
行っていたことがあります」
「僕の先生も同じ教室の出身ですよ。兄弟弟子ですね。
N先生のチョーク箱をいただいて大切に持っておられました」
N先生の息子さんに会議でお目にかかりましたよ」
父の残したヒノキチオールのクリームを引っ張り出し、
見ていただくと、
「これこれ、これがヒノキのオイルですよ」
「僕の部屋もこの匂いが一杯でした」
と懐かしそうに眺めて下さった。
..................
マサコさんがトロントで下宿した台湾人のお宅から、台湾教会(キリスト教)に繋がり、Lさん家族に出会う。
心細やかなL夫人には、トロント滞在中とてもお世話になった。
そのご家族の弟さんと、目に見えないそんな所で繋がっていたなんて。
『袖すり合うも他生の縁』...........
しみじみそう思った3日間。
慌ただしい旅を終えられて、Dさんは既に機上の人。
後半分でシカゴに着くでしょう。
Lさんはちょうど、今離陸される頃かしら。
75才と72才の兄弟。
10人兄弟中、8人が20代で国を離れ、
今はリタイアされ、ゆったりと暮らしておられるが、
かばん2つでスタートされた生活は大変だったろう。
苦労を共にされたL夫人は7年前に他界された。
ご一緒にいらしていただけたら、どんなに良かったろう。
きっと、道中はご一緒だったと思っている。
感謝と共に、ご案内出来たことがとても嬉しい。
メモ書き
9日朝、神戸空港ベイシャトルにお迎え
ホテルに回ってから自宅へ。
大橋に行く前にお昼。軽く、魚の棚で明石焼。
橋を渡って淡路島。サービスエリアから海峡を眺める。
神戸に戻って、『風舎』でお食事
ホテルにお送りする。
10日朝、ホテルにお迎え。姫路城見物。
結構時間がかかる。日本史に詳しくて我々が教えられる。
午後、神戸港遊覧&スプラッシュ(水陸両用バス)に乗車
しゃぶしゃぶでお食事。
11日朝、ホテルにお迎え。飛行場へ。