ペーパー版「海峡」の新スタイル
by grpspica
カレンダー
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
検索
メンバー
ノリコ:2000年セミリタイヤしたのにまだ現役の弁護士

モニカ:元ピアノ教師 得意分野はネットを駆使しての調査
 
マサコ:シャーマン 得意分野は音楽・文学・哲学少々

mari :お絵描き芸者 先祖は猫

ミクシのグールド&ナボコフコミュからお訪ね下さった皆様へ---
グールドと音楽に関するマサコの文章は、
my life with gg (グレン・グールド)
に移動しました。

ナボコフ関連のエッセイは、検索して下さると、出て来ます。

ブログの輪
musolog
AROMAISM〜アロマ主義
ややバッハ日記
☆ホメオパシ−と医学と私☆
弁護士村上秀樹のブログ
daisaku's view
津久井進の弁護士ノート
life あゆさんのブログ
お玉おばさんでもわかる 政治のお話
カテゴリ
タグ
最新のコメント
記事ランキング
以前の記事

by grpspica | 2004-10-29 12:02 | グループスピカ | Comments(3)
2004年 10月 23日

クロスオーヴァー音楽会 byマサコ

ピーター・コレットさんから、音楽会のお知らせをいただきました。
    日   2004年11月22日(月曜日)
    時   19:00〜
   場 所  カナディアン・アカデミー
   電 話  078(857)0100
   入場料  大人 1500円
        学生 1000円
当日券の有無は11月18日にカナディアン・アカデミーに 直接お問い合わせて下さい。

プログラム
  キャルリエ:弦楽四重奏のための劇音楽
            “War Sensations”より
  チャイコフスキー:「子供のためのアルバム」より
  ドフレーズ:ピアノ五重奏のための「主題と変奏」(世界初演)
  マッケイブ:ピアノと弦楽四重奏のための「海辺の女性」
      創作舞踊:ハイディ・S・ダ−ニング(日本初演)
      着物意匠・屏風製作:サラ・ブレア−
  ドフレーズ:初めてのワルツ−ロマンティック・ワルツ−神聖なワルツ
  ショスタコーヴィッチ:ジャズ組曲第1番より
     出演者ダンス:ハイディ・ダ−ニング
     ピアノ:寺嶋 陸也
     弦楽四重奏団:ルビオ・クァルテット
     美術:サラ・ブレア−

 音と印象、舞のすばらしい企画です。

第11回大阪ヨーロッパ映画祭の催しの一環として、映画と演劇のために書かれた作品、またそこからインスピレーションを受けて作曲された作品を舞踊、弦楽四重奏、ピアノ五重奏、オリジナル背景でお楽しみいただきます。

ベルギー出身の弦楽四重奏団ルビオ・クァルテット、京都をベースに活動中の舞踊家・振付師ハイディ・ダ−ニング、才能を嘱望されているピアニストの寺嶋陸也、美術家サラ・ブレア−らが、このクリエイティブなイヴェントに挑みます。

マッケイブ作曲ピアノと弦楽四重奏野ための「海の女性」は溝口健二監督「山椒大夫」にインスピレーションを受けたもの。第9回大阪ヨーロッパ映画祭で映像と共に演奏されたこの曲を、今回はハイディ・ダーニングのオリジナル振付による舞踊と共にご覧いただきます。

2001年世界初演のためにアメリカ人美術家サラ・ブレア−が製作した背景セット(屏風)と、創作意匠した着物が公演に用いられます。





by grpspica | 2004-10-23 12:04 | グループスピカ | Comments(2)
2004年 10月 09日

夢か..?   by モニカ

見たのは夢じゃなかったと思うんだけれど........

UFJの話。いつかTVで見たドラマか映画の話そのまま。
タイトルも、設定(会社or銀行)も忘れた.....

ながら族で見ていたので、よく覚えていない......
でも、都合の悪いものをパソコンから消したり、
ロッカーに隠したり、破いたり、
確か、飲み込む話もあったぞ。

まるで茶番と笑って見流してた。
でもあったんだ、現実に。
UFJを実体験した人が作ったかな。

誰か、この番組見てませんか?




by grpspica | 2004-10-09 10:56 | グループスピカ | Comments(0)
2004年 10月 07日

あたった by ノリコ

a0019212_162892.jpg


めっぽう忙しかった9月が終った。
ほっとしたら背中に蕁麻疹発生。
いろいろあってやっと楽になったかなぁというきのう、
地下街のセールであたった薔薇の花束。

地下街の30周年記念ですって。
1万本の薔薇プレゼントのうちの30本です。
この地下街が出来た時には、もう仕事をしてたから、
あれから30年以上か、疲れるはずだ。





by grpspica | 2004-10-07 16:23 | グループスピカ | Comments(3)
2004年 10月 05日

沖縄料理の店  by モニカ

今日、用あってわが町にやって来た友人と一緒に
お食事処を探していて、
以前から居酒屋だと認識していた店が沖縄料理店だと判明、
入ってみました。

開店4年目。最近まで沖縄料理を看板に出していなかったため
店の存在は知っていても、ただの居酒屋でしかなかった店でした。

沖縄料理プラス居酒屋料理、
メニューにはなくても、結構、いろいろあります。
5時半から、10時半まで、
マスターやら、隣に座った熊本出身のお兄さんと
いろいろなおしゃべりを楽しみました。

隣で静かに日本酒を飲んでいたその人は、
一度、夜校列車で降り立った、
あの、あまりにも何もない、寂れたというか、取り残されたというか、
「これが、県庁所在地の駅かァァァァ!!!!」
と絶叫したくなる駅のすぐ近くの出身。

なぜ駅前があんなにさびれているのか、という問いに
「西郷ドンに味方した反骨精神ウンタラカンタラ....」に
妙に納得し、
「『肥後もっこす』の言葉があるでしょう」といわれて、
「もっこす」というラーメン屋のオーナーも熊本出身かな??
なんて思ってしまったモニカです。

沖縄に行った時、おみやげに皆が沢山買っていた「海ぶどう」も食べました。
メルヘンチックな、「神様に乾杯」といいたくなるものでした。

シークヮーサ−のチュウハイから始まって、
最後は43度(?)の泡盛まで、
だんだん度数を上げて5杯。
いいコンコンロ持ちで帰って来ました。

なんで早よう、沖縄料理って看板、出してくれはれへんかったん?



by grpspica | 2004-10-05 23:39 | グループスピカ | Comments(2)
2004年 09月 20日

今週の園芸 by 原 真砂子

去年1年、園芸ライフを徹底したお陰で園芸関係の文や雑誌の内容がよく汲み取れるようになってきた。
園芸力を引き出すのに絶妙な文を書く人。
園芸を哲学につなげる人。
イングリッシュ・ガーデンを否とする人。
小泉さんじゃないけど、人って様々。

前々より相性が悪く好きでない花は、作ってみてもやっぱり無駄だった。
グラジオラス・ベゴニア(ソレニアシリーズ以外)は、
なんともイケ好かない花で、どこか人のタイプに似ている。
1,動きがない(あっても少ない)
2,変化に乏しい
3,おとなしい(しゃべらない、あっしと違う)
  横にいるだけでイライラしてくる。
という訳でひとつも咲かない。

気になるタイプの園芸家、過激な人は水をどんどんやる植物が似合っている。
いつも手みやげを気にする御仁は「水」をおみやげに(水なしでは見回りができない)、相手かまわずじゃぶじゃぶ、ぶっかける。チューリップの球根を腐らせた時は「業」を感じた。

花より気になるのは、私が殺す虫たちである。
20匹のカメムシの赤ちゃんをすりつぶす。
バッタの首切り。げんこつたたきのナメクジと、あたかも殺人狂。

虫にしたら、とんでもない天敵の私を抹殺するのに、
何かいい薬はないか? (化学物質過敏症で呼吸困難になる私)
電気じかけの懲らしめ法はないか? (ハハハ、電磁波過敏症)
と思っているだろう。

ガーデニングができないマンションに暮らしては、ピアノをポットに見立てて花作り。
去年殺してしまったチューリップたち(それも1個80円する大きな親子咲きの美しい白とクリーム)が、供養の気持ちで音となって咲いてくれますように。





by grpspica | 2004-09-20 13:29 | グループスピカ | Comments(0)
2004年 08月 30日

お願い宮部さん、添削して その2 by 原 真砂子

a0019212_10462581.jpg
 

今日の文章教室は「手紙文」です。

 手紙文の一番のむつかしさは、誰が誰に書き送るかによるでしょう。愛や恋の手紙なら何かを成就するきっかけにしたいものです。ファンから有名人ヘ、読者から作者への感想を送る手紙。あ-、これらも小説よりむつかしく感じるのです。

 2001年の連休は「模倣犯」、2002年の連休は「あかんべえ」で過ぎていきました。宮部先生の才能は、コンコンと湧きいづる泉のようで、その中に星の光、花の香りが入っているから、たまりません。人間がこれ程、性描写抜きで小説が書けるのか? こんなことにも驚いてしまいます。

 全く驚くのは先生の文体です。句や短歌、詩歌の味わいを型の上でなぞりながら、綴り方の手触りを含有し、しかもEメール文の時代の風を投げかける。1グラムの軽さを100トンにし、1000トンの重みを0.001グラムにする。人を日常に浸らせつつ、字宙に翔ばして、才能、文才などの言葉も見つからないほど。そう、あのレジェロ(軽くすべるように弾くこと)、稀有のピアニストの奏でる音色、タッチで体がころがるように「あかんべえ」拝読させていただきました。

 シャーマニズムのすべて。人間の悲しさ愛しさ。いつもながらの数学の公式のような乱れのない文の作り方。ディケンズそっくりのユーモラスな語り。お料理の現物が婦人画報のようにこの作晶のとりまとめ役になっていますね。ファンたちは言っています。
「宮部ってどうなっちゃってるの?」

 先生、私は、シャーマンでございます。シャーマンとして、一番痛切に感じましたことを書かせていただきます。
 以前、あるピアニストが亡くなって、私を霊的に訪間した時のこと、その合図に私の頬を指で押していると書きましたら、ある人が
「そんなのへんだよ。おかしいよ」
と言って来ました。
でも先生も、あんまさんだった人の霊が人をもみ出すことを書いておられますね。私は、その人に手紙を書きました。
「このピアニストは生前、自分の指を特別大切に思っていたと思います。それでその演奏を慕って生きて来たファンのことを知り、とても嬉しかったのでしょう。人の気を引くとき、自分から騒ぐよりも向こうから動いて欲しい性質の人がいます。最初は思わずほっぺたを撫でていた。でも気づかないふりをされると長い間には、気持が強いだけ、相手には押すように感じられたのではないですか。ちょうどドアベルを押し続けるように」

 私はうるさいなあと思いながら、それでもまだおかしいと言う人のために、その部分を書き直しました。そして、すっかり書くのが嫌になり全部をほったらかすことにして、今日に至っております。

 元はといえば「人に理解を求める」ために自分のことを書き出した動機そのものがいけないのでしょう。
 読者全員を「あのマコ、原麻沙子(私の小説の主人公の名」にしてしまう程の腕がない文章力なのですね。

 ピアノだって「これなら受け入れられるだろうか?」くらいで弾くなんて、バカげた演奏ですものね。
 小説家になるには、調理道具も調味料もいる。最初からコース全体を通して、どこで何をどんな目的のために出すか、計画が必要なようで、事実だけでは、小説になりません。
 でもなぜ、私の実際の体験が「うそや、ほんまや」といわれ、宮部さんの作品となると「ウソでもホンマでも、どうでもよくなるのでしょうか?」

 先生のコメント、先に書いていいですか?
「それはそれ、人には料理上手ってこともあるし、あなたの文が、それなりに貧弱だから読者の持っている本来の想像力を何も刺激できないからよ。話の泉を引き出すような文が書けていないの」
 先生、一人二役は、こんなもんでいいでしょうか?

 突然ですが、小説家になりたい気持ちも、この手紙を書くことも、ここで終りにします。書きたいことは山々あるのですが、なぜって、読者に「この人、今度は宮部先生に一体どんな手紙を書くのだろう」って『想像』して欲しいからです。

PS 自分の作品の感想が来ているんだもの。きっと最後まで読めたよね。




by grpspica | 2004-08-30 13:23 | グループスピカ | Comments(0)
2004年 08月 27日

お願い宮部さん、添削して その1 by 原 真砂子

a0019212_10421697.jpg
          

宮部みゆき様

 天才とは何か! 
「才能」をなんと定義するかについて、かつて私のピアノの先生は「どれだけ早く習得して、どのくらいゆっくり失うかよ」とおっしゃいました。
 これはピアノやスキー、語学に通じる見方なのかもしれません。この見解と平行して私は「先生の教えることのできない、他人のまねられないもの」と定義してきました。
 しかしあなたの一連の作品を拝読して、
「天才、才能とは人に喜びを与えつつ、人を悔しがらせたり、地団駄を踏ませるものだ」ということが大変よく分かりました。
 ところで宮部さんは、「私淑」という上品な言葉の文字と意味を勿論ご存知ですね。私がこの言葉を知ったのは、佐藤春夫の年譜を読んだ時。
「父親は子規に私淑した人で『よく笑えどちら向いても春の山』という子規の句から『春夫』と命名した」とあったのでした。
 すごい。子規について俳句を習っていたと思いきや「私淑」とは(「孟子」離婁下の
「子は私ひそやかにこれを人よりうけて淑しょとするなり」から)
   直接に教えは受けていないが、ひそかにその人を師と考えて尊敬し、模範として学ぶこと 「私淑 する小説家」(小学館「大辞泉』より)
 そう、私は宮部みゆきさんを正に私が「私淑する小説家」にしたのです。

 自己紹介をさせていただくと、私は松本清張の小説に登場する文才のないグループの1人「何を書いているのか分からなくて、内容をこちらから見当つけて読んでやらないといけない」文を平気で書きます。この松本先生のご診断には、体がオットセイに変形する程笑ってしまいましたけど。

 では文章教室を始めましょう。
その1、日常的なことをおもしろく書く。ネタは家庭生活から。
 宮部先生は、これがお上手ですね。もっとも先生は全てお上手ですけれど。
 それじゃ私もパッチワークの一部分、頑張ってみますか?
『僕は同居人と暮らしている』
  ブー! 同居人と暮らすのは当たり前。
『僕には同じ自由業の同居人がいる。自由業は、いつも家にいてほとんど気ままな時間帯で働く人のことだ』
  ブー! 自由業というのは、公務員、会社員に対して、医師とか弁護士とかいう職種の人たちのことでは?
  これも1/4ブー! 自由業とは、勤務時間に縛られるなどの制約を受けない「作家」や弁護士のような専門的職業のこと。
  ね、日本語は正確にね。

 ハーー!
 大きくついたため息にクーラーと扇風機の風にそよいでいた花瓶のトルコギキョウも同情してくれるようであった。
 本音 ーー あのう、あなたならお金みになる文章が、私のはならないのが悲しい。
 宮部の忠告 ーー 結論を急いではいけない。

 私はお姉さんと住んでいます。
 2人とも、いわゆる日本でいう「行かず後家」。英語なら「スピンスター」というシンプルな星のような言葉で言い表わすのに、日本語では、心の中にドクロを描いたようなおじさんたちが作った、きっと昭和40年代あたりの造語でしょうか?
 宮部の注意 ーー よく調べるように

 この間、お寿司やさんでセクハラにあいました。夜の7時だというのに他の客がいない。1人でおすしを食べていました。お店に同情して「今夜は寂しいね」と言ったのがいけなかったみたい。店ではなく、お客様ご自身のことだと思われたみたい。
 次に「おいしいものを食べたい」と普通に言ったのが、益々よくなかったみたい。つまり、何か別なものが欲しいのだろうというのです。もうこのすし屋には来てやらないぞ。やっぱり銭湯みたいな、人が大勢いるレストランに行こう。断然安上がりだもん。

 今朝のこと。姉がわめいている。
「いやーね。また、こわしたのね」
「ええ、こわしたのよ。だってハンカチが見当たらなくて頭に来て、引き出しにのしかかったら横棒が折れてしまったの。なだめたら、ちゃんと入るんじゃないの?」

 姉は、またわめいている。話が少し違うようだと見に行くと、掃除機のこと。
 先日、吸いが悪いと袋を変えたら閉まらなくなった。そこで袋の先の紙のところをチョキンチョキン切ってはめたら、フタがバカになったのか、ポカンと開いてくるので、ガムテープでしめてやった。グレイの買い替えたばかりの品。 
 思いきり叩いたのがよくなかったのかな?
「紙の形が合わないのよ」
「前の古い型の吸塵袋が残っていたかしらね」
 2人でジャングルのような納戸の中を吸塵袋をさがす。
「なんで、下取りセール付きでモデルチェンジするのよ。売らんかな主義だわ」
 妹、ヒステリックに会社批判!
「15年も研究してチェンジしたんだから、いいじゃないの」
 大型ハンドバッグの形に口を整えて一語一語怒鳴る姉。

 数分後、
「あなたが吸塵袋を切ったからいけないのよ」
 吸塵袋は、プラスティックの止めの下をくぐらせると見事におさまるようになっていた。つまり上においたから、ぶ厚くなってしまらなかっただけなのだ。端を切ると寸法が足りなくて開いてしまう。
 ーーこんなこともわからないバカなの!
 テレパシーで聞き取る姉の声はすごく大きい。
 それ見たことかと姉は、チョン切られた袋をゴミ箱に捨てた。まるで商業主義が勝利したかのように。

 この姉は、心をこめて購入したスウェーデン製のノンフロンの冷蔵庫の引き出し部分のプラスティックを、そそっかしいこの家の長女がこわした時も半狂乱になっていたっけ。

 ーーあんたいつも1人で住みたいって言っているけど、これでは私がいないとどうなると思ってんの! 
 これもまたテレパシーで私の体にどんどん入ってくる。
 ゴミ箱に投げ込まれた袋は、まっさらに近く、勿体なくて仕方がない。いいことを思いついた。
「ねぇ、この袋、新しいから、さっきみたいにして使ってよ」
「本当だ、そうしたら使えるねぇ」
 ガムテープはまだ掃除機の本体の横に張り付けてあった。

 こみ上げて来る笑いが飛び出さないように歯でかみつぶすと、のどの奥に逃げて行ってくれた。そしたら胃のあたりでもっとおかしくなってしまった。
「ねぇ、お姉さんが珍しく掃除しているし、私は朝早く、お水撒きしたから、今日は 絶対、雨が降る。珍しくフトンも干してるし」
「うん、そうだね」
 あちらは、笑いをどこにしまったのかな?
 それにしてもハンカチが見当たらないくらいで引き出しに突っかかるスピンスターはやっぱり暴れん坊。おすし屋さんのご主人の意見も当っているような気がする。






by grpspica | 2004-08-27 17:30 | グループスピカ | Comments(0)
2004年 08月 26日

空色と紫の花 by 原 真砂子

a0019212_1064179.jpg


プルーンバーゴは、やわらかな空色が魅力の邦名「ルリマツリ」、タイ名「パャクモク」、学名「plumbago capensis Thumb =P.auriculata LAM(Plumbaginacea) の花木である。
「タイの花鳥風月」の著者、レヌカ−・ムシカシント−ン(旧姓秋山良子)さんの表現によるとその青は『「みそらのいろのみずあさぎ」よりさらに淡くあどけない』

へぇ−、あさぎって黄色じゃないのなんて、野暮な事をお言いではないよ。空色というと水色と青があるが、デュランダ(タカラヅカの愛称あり)の紫色とセットで植えると頃合のいい絵の具箱のような庭になる。半つる性だからツルっぽいプルーンバーゴだけれど、デュランダもやわらかな枝をあちこちに差し込む事もできる。水色にこだわっているけれど、このルリマツリには白もあるんだ。そして、デュランダにも「アルバ」と呼ばれる白がある。


a0019212_10181210.jpg

「オキシペタラム」は、これまた、やわらかな水色の花。「ブル−スタ−」ともいう。しかし花は、蕾の時は、薄いピンク。芯は濃い青で、色彩感覚豊かな取り合わせ。特に、水色の花とピンクの蕾が風に揺れているのが可憐で「眠れる森の美女」の魔法使いが、1人はブルー派、もう1人はピンク党で、王子と躍るオーロラ姫のドレスをピンクやブルーに変えたあの願いを実現したかのような、やさしい響きを持つ。

少しベルベット風な肌ざわりなので、薄い花びらのルリマツリに比べると秋っぽく思える花弁である。花を放っておくと淡いグリーンの唐辛子を長くしたような形となり、やがて割れて、中から、ファンタジーのような綿と共に、種が風に飛ぶ用意をするのが楽しい。触ると量、質感共に「モスリン」のムードがして、ため息が出てしまう。私はチビだから、花まで持ち主のプロポ−ションに似るのか、背丈は50㎝から70㎝とあってもせいぜい30㎝の高さにしかならない。水色がお好きなら、この二種をおすすめ致します。






by grpspica | 2004-08-26 10:05 | グループスピカ | Comments(0)
2004年 08月 17日

イランイランですよ byモニカ

サイズの変え方までは習熟してません。
ぐじゃぐじゃ文を書いて左右の指定をしたらいいのかな。

a0019212_10223070.jpg

a0019212_10225775.jpg

その後のイランイラン関連日記です。

  イランイランの新芽  by モニカ

  イランイランとランタナ  by モニカ

  カナダいくら・鎌倉かりん・イランイラン byモニカ



by grpspica | 2004-08-17 13:06 | グループスピカ | Comments(7)