ペーパー版「海峡」の新スタイル
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ミクシのグールド&ナボコフコミュからお訪ね下さった皆様へ---
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by grpspica | 2005-07-30 19:17 | グループスピカ | Comments(10)
2005年 07月 30日

池澤夏樹さんのメルマガ  by モニカ & ノリコ

「異国の客」は、現在、フランスに住んでおられる作家の池澤夏樹さんから月に3通くらい送られて来るメールマガジンです。
彼の豊かな感性で綴られる内容豊かな文章に感動しては個人的に紹介していましたが、ここに改めて紹介させていただきます。
「ドンナンかな?」と思われる方は下記アドレスをクリックして下さい。
1号から全部読めます。
異国の客
http://www.impala.jp/ikoku/

時事、生活、歴史.....そのどれもが深い洞察をもって書かれていて、心を耕してくれます。
(「異国の客」は『すばる』(集英社)に同時連載もされています)

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これが池澤さんが「異国の客」でとりあげたイラクで拘束されたフランス人ジャーナリストのフロランスとイラク人助手のフセインです。
フランスではこんな風にしてその救出を祈っていました。ノリコ







by grpspica | 2005-07-30 09:16 | グループスピカ | Comments(7)
2005年 06月 29日

ふみがら 1991年9月6日 byマサコ

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「さるすべり」の原題は「ふみがら」
         三好逹治詩集「駱駝の瘤にまたがって」より

      さるすべり
      くさのいほりの戸に咲きて
      ふたつなき日のはるかなる
      ながたまづさも灰となる

  今年はどうした事か、サルスベリがまだ三分咲きである。夏が涼しかったせいだろう。残暑と秋風のハ-モニ-の中で私は、この半年間に未知なる人々からいただいた手紙を整理した。こうして煙となるもの、あるいはファイルの中に残るものを分けていると、つくづく人との縁を思う。 
  いたずら電話や卑猥な手紙、ポルノ・ヴィデオ等も送られた。この点からみても、従軍慰安婦の問題は決して昔の問題ではなく、多くの男性がまさに今も同じ罪を作っていることが、女性として身につまされる程わかった。

  以前、西洋人に「日本を象徴するものは何ですか?」と質問されても何も思い浮かばなかった。でも今ならはっきり答えられる。

 1.女性を低く見る
 2.如何なる理由であれ、戦場で画一的、組織的に男に女をあてがう過剰サ-ヴィス
 3.頭の中にこの発想が浮かび上がる宗教心の無さ
 4.非常にアンバランスな国際感覚。
 5.人々を型にはめようとする傾向は、学校教育にもその基盤がよく表れている。

  コリア-ナこそ、正に日本人ならではの罪の作り方と思う。

  しかし、私の将来への日本観はとても明るい。この罪が日本をまともにしてくれると信じているからだ。数多くの外国人労働者とその家族を我が国に迎えるための心は、日本が朝鮮にした事を一人一人が考える事によって、養われると確信している。





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by grpspica | 2005-06-29 18:36 | グループスピカ | Comments(0)
2005年 06月 29日

その後(カナダ5時へ)1991年8月27日 byマサコ

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 “これなら、日本レポ-トになる。”と勢い込んで頭の中でまとめようとしたが、それが、宜保愛子と大川隆法という2人の霊能者の事と気づき苦笑してしまった。

  毎月皆様の文章を、心ゆくまで楽しませていただいている私としては、読ませていただくだけでは、申し訳ない気がしている。それでこうして10日5時に関係なくレポ-タ-のつもりで書き出したのだけれど、レポ-トという程、その内容が冷静なものになる自信は全くない。

  ・・・・3分後、私の心からは、書く気が失せてしまった。それでは・・・・と単なる残暑見舞いにしようと思っても、この文を皆様が読んで下さるのは、おそらく秋たけなわの10月であろうから、挨拶にはならない。

  現在の私の心は1秒の休みもなく朝鮮の事でいっぱいである。又、国の祭祀を仰せつかった巫女のような生活を送っていて、この先、しばらくその投影のない5時は書けそうにない。

  アンデルセンの童話の世界のように、日本はこの問題から、真の国際社会の理念や、調和した国際感覚、人間の真心をも与えられようとしていると考えている。

  こうしてトロントを思い浮かべると、その魅力や私の成長の糧が、トロントの“多民族性”にあったとつくづく思う。異国での苦労、言葉の出来ない苦しみが、こういう形で人の役に立ち、報われるとは思ってもみなかった。

  全ては益と感じられる人生で嬉しい。毎日、“日本の朝鮮、中国その他少数民族、輝け!”と叫ぶように祈っている。そしていつの日か日本人がその光の後を輝いて歩いて行けることを願っている。





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by grpspica | 2005-06-29 18:33 | グループスピカ | Comments(0)
2005年 06月 29日

NHKラジオ講座テキストマダン(ひろば)1991年4月号 byマサコ

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 私は、4月からハングルを習おうと今はビジネス英語の後、放送を聴いて耳ならしをしている者です。英語のほうは、子供の時からすべてNHKラジオにお世話になり、10年前カナダへ旅立ちましたが、会話にはほとんど困りませんでした。

  3年前、7年間のカナダ滞在を終え帰国しましたが、私の関心はすっかりアジアの国々にむけられ、第2外国語はタイ語になるかしら?とボンヤリ思っておりました。ところが、昨年11月朝鮮人従軍慰安婦の史実を知り、たいへんショックを受けました。これが私のハングルを修得したい願いの源となっています。今でも日本人の西洋人に対する劣等感は根強く、そのために昔は同じアジア人なのに、アジアの人々をいじめたり、踏みつけることによって自分が強いと感じたかったのかもしれません。

  私の場合、アジアに関心がいくまで、生まれてから30数年かかりました。ですから、お若いかたがたの韓国への関心、およびハングル習得熱には勇気づけられ、また、たのもしいと思います。4月からは私も仲間にいれて下さい。
  また、従軍慰安婦のこと、「日朝間の正しい歴史を学ぶ会」(仮称)について関心をお持ちの方はご連絡下さい。
   日本と朝鮮の新しい未来を祈りつつ。




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by grpspica | 2005-06-29 18:31 | グループスピカ | Comments(1)
2005年 06月 29日

臘梅の花 1991年2月10日 byマサコ

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 臘梅(ろうばい)の花が満開で、1月から3月にかけてこの花を観賞できる喜びは口では言い表せない。私はその甘い香りにカナダでの苦しかった事を慰めようとするひ弱な人間ではなくなっているようだ。

  日本が朝鮮に対してしたことを知った人間で少なくとマトモな者は、憂うつにならないはずはない、と思うのは私の独断と偏見だろうか。いろいろな書物に触れ、又、日本の若者の将来を、日本人が養わなければならない精神性について考える時、私の目指す世界はとてもはっきりしている。
  と共に、エドガ-・ケ-シ-、スェ-デンボルグ等が、他の多くの人の独断と偏見になぶられたり、ジャンヌ・ダルクに至っては生命までも落した事実に触れるとき、私の勇気は百倍も増えるものである。

  7年間のトロント滞在は、私を一人の音楽家として育てたばかりでなく、好きな言葉ではないが「国際人」の感性を養い、肌で世界の国々を親しく感じることを可能とした素晴らしい期間であった。

  私は、自身の21世紀への出発を朝鮮と在日朝鮮人(朝鮮が統一されているのを本来の姿とし、自身あるいは自分の近い先祖が、朝鮮半島出身者である人々の呼び方)の同胞社会、そして女性の大きな国際問題である「コリア-ナ」に向けた。




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by grpspica | 2005-06-29 10:12 | グループスピカ | Comments(0)
2005年 06月 28日

幽界に届く愛の光 1990年12月10日 byマサコ

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(この間にマサコはコリア-ナの史実を知ることになります)

「有史以来の伝統は、存在を2つの状態に分け、これを対極させる。 聖の光明と、ぎらぎらした狂気の闇である。めくるめく眩しい驚異と魂の深い夜の闇は、最初神秘的体験という無形のものに属している。 深淵が両者の知覚を切り離しているようにみえる。 しかし、聖者と狂者はともに理性の作用域外から受けたメッセ-ジの運搬人である。 光と闇は、単一の認識が持つ2つの顔であり、“賢い心”に与えられたものである。」

 これはラモンという人の「ウィ-ゼル - 狂気の詩学」というエッセイの書き出しである。

 全ては一人の男性に恋をし、そしてその人の天命が完うされるように祈った事から始まった・・・と書けば5時村の人々で他人の通信をよくよく読まれ、あの後どうなったかな? もう終わるかしら? 等と思いを巡らすタイプの方は、「あの事」を思い出して下さると思う。

 私は、30歳の時トロントで日系三世の青年を紹介され、霊体験をした。 訳がわからないまま2年後、工藤美代子氏の本を読み、日系移民の悲惨な歴史を知る事で、数々のナゾが解けていった。 35歳の時にやはりS県出身者の日系三世に逢い、それまでの知識や経験から、深く関わることを避けようとしたのに、又同じような目に逢う破目になった。

 好きになった人、あるいは好きにならされた人の顔に、二度とヘビを見ないようにと願っていたが、1990年5月15日夜、私は又その人の顔にヘビを見た。 私は必死で神に身を投げ出して祈った。 私の体の苦しみと7ヵ月の間に身辺に起きた数々の出来事は、朝鮮人従軍慰安婦の歴史的事実を知ることと霊界からの願い事を、私が受信する事によって、一挙に解決された。

 霊界と交信するといってもオ-ヴァ-なものではなく、11月30日、一人で慰霊祭を行なった私に「一人でも多くの日本人にこの事実、自分たちの存在を知らせて欲しい。と共に日常の中で秘そかに自分逹の事を思い、良かれと祈って欲しい」という願いが伝えられたのだ。

 去年の今頃、私は1990年は、ひとりひとりが内なる開発をしないといけない年であり、病人が多くなると感じていた。ところが、自分が一番に病気の障害物競争に参加し、霊的に更に目覚め、己が天命に生き甲斐を見出し、ましていわんや日本人として日本と朝鮮のカルマの浄めに身を捧げるという運命が待っていたとは、今だに信じられない気持である。

 エリ-・ウィ-ゼルは、ナチの収容所体験者で、解放された時は16歳だった。彼は地獄を見てもなお神を信じ、神に同情すらを寄せている。「このような地獄は決して神が人に与えたものではなく、私達人間が心を寄せあう事により、解決の道は見つけられ、世界は人の心で充分美しい住み家に作り上げていける」と信じている。

 どうかご存じの方もご存じでない方も我々の犯した罪を国を挙げて明らかにし、子々孫々まで確実に伝え、お詫びのしるしとして、財政的な援助を申し出、こうした運命の女性が成仏していけるよう一人一人が心から祈りを捧げて下さい。 
      1990年12月10日 カナダ5時に掲載された原稿に加筆訂正を加えたもの



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by grpspica | 2005-06-28 13:25 | グループスピカ | Comments(0)
2005年 06月 27日

まゆみ 1990年11月1日 byマサコ

 10月始めより超低血圧の生き地獄とその度毎に伴うカゼによる発熱に怖じ気づいて暮らしています。
「もう気力で生き抜くしかない」
と医者にまで言われて、遠い日、血圧の上が60で暮らしていた事を思い出しもしました。

10日の5時はどんな風になるかわかっているのです。サイマル・アカデミ-の授業終了後か、家で身動きもできず横になっているか、その2つの狭間を早くから想像して・・・・。

  要は暇なのだろうか? いやお決まりの体が弱いだけの事。「いつかこの貧乏から脱け出せたら」といつも思わなければならない程、体の極貧を味わっているだけ。あまり弱音をはくのは好きじゃないので、話題をかえましょう。

  ご近所から“まゆみ”の枝をいただいた。
  青春の日、佐藤春夫の詩集に『まゆみ抄』があるのを知った時、女の人の名と思ったら、実は植物らしいと覚えていたので、久し振りに詩集を手に取ってみた。そして新たに藤村記念館の落成式(10/15) と南アフリカの施設隔離法が完全禁止された日が一緒と組み合わせて覚えたのは余興としても、幾つかの詩篇は私の心を慰めてくれた。

『まゆみ抄』 木曽の秋より
・・・・・・
人の命はみどり葉の
夢ばかりとぞ教えける

うらさびしさよ 天地の
壺のなかなる秋の日の
命みじかく歌ながし
君笛とりて歌へかし
                   1990 11/1 4:20 p.m.







by grpspica | 2005-06-27 10:43 | グループスピカ | Comments(0)
2005年 06月 26日

その人のこと 1990年10月7日 byマサコ

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 銀木犀が薫る雨の日曜日。私は一日中写経をして過ごした。日本の10月は妙に“源氏物語”を想い起こさせる。湿った庭には酔芙蓉が白い花としぼんだピンクの花をつけている。あじさいの花一つ。朝顔もまだ咲いている。

 肩の疲れをほぐしながら、小さな庭をぶらぶらしていて、説明のつかない気持に襲われた。
  宗教に興味を持っている私としては、人間に執着すること、物に執着することが良くないことはよくわかっているつもりだ。しかし伴侶を得たいという悲しいまでの気持ち、そして優秀な子供を授かりたいという激しい願いから開放されるのはいつのことか。

  その人に逢ったのは、2年前の7月であった。彼は私の心に忘れられない笑みとムンクオイルの匂いをまき散らして部屋を出ていった。その時、私は、行って欲しくない!と心の中で想った。1年8か月後、彼は主治医となって私の前に現れた。入院中、私の心は彼の事で一杯で、アッと言う間に40日が経ってしまった。退院という喜びはもう会えなくなるという悲しみにオ-ヴァ-ラップして、それほど彼の存在は大きかった。

 ところが退院の前日、私は彼の顔に“暗いヘビの影”を見てしまったのである。目前にいる人間に人間以外のものを見るという体験はこれで5回目である。前の4人についてはその原因が後になって解明されて、一応納得した。それはやはり相手方のはるかな祖先からの因縁によるものであった。

 しかし今回の人については、驚いたことに私の友人の一人に「そのヘビはあなたの方の因縁でしょう」と言われてしまった。その言葉に私はとてもショックを受けた。もし彼女の言うように、私の方にある因縁だとすると、今後、好きになった人の顔にもヘビが見えてしまうのだろうか。とすると私が17才の頃から、因縁を浄めるためにやってきた事は何だったのだろうか?もっとも円地文子や谷崎潤一郎の文学にもヘビがいるという人もいるのだから、ヘビは必ずしも否定的なものではないのかもしれない。

 私は10代の頃、ある霊能者に、
「天才的な女の子が授かります」
と言われた。又、戦死した伯父が、
「どうしてもしたい事があるから必ず生まれ変わってきます」
と述べていることを告げられた。

  それ以来、体の弱かった私には結婚、妊娠、出産は健康のシンボルとなり、シンボル以上に確固たる未来像を抱かせ続けた。更に私は自分のカンに妙な自信があった。

  その一例がグレン・グ-ルドの死の事である。日本でグ-ルドに悶々としていた頃「彼の死亡記事を日本で見るような事があっては私の運は終わりだ」と思っていた。

  1982年10月7日、私は米国バッファロ-のカナダ領事館で彼の死亡記事を見せられ、涙にまみれながら学生ヴィザを手にし、トロント行きのバスに乗っていた。私の彼への執着はそれは激しいものだったと思う。
  しかし彼には妻子はいなかったし、グ-ルドと私の間にはいつも美しい音楽があった。

  話は再びこの夏の日本にもどる。私は岡部伊都子さんがテレビで稲田姫の絵の説明をするのを見ていた。朝鮮から渡って来たといわれる稲田姫の糸のような細い目は“あの人”にそっくりだった。

  さてテレビ・ドラマの一シ-ンのように、私はその人の家を見に行った。門札で判明した彼の家から5歳位の女の子が友達と手を取り合うようにして出て来た。父親そっくりのその子は私に見事にパンチを喰らわせた。車は家の周りを3周した。私の執着心を感じた娘からはジィッと眺められ、アイスクリ-ムをなめていた友人からは「また来た!」と言われてしまった。洗濯物から判断して12、3才の男の子の年子あたりがいそうだ、とも思った。

  神の話や霊の話をテンからバカにするこの男の人に、私は神様の事や霊の事がよくわかる医療人になって欲しいと希いをかける。 ダイセンジガケダラナヨサが人生ならば、心の底からこの一家に対する私の執着心を取っていただきたい、と神に願い、祈る。

  こうして私は10月7日を過ごしている。





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by grpspica | 2005-06-26 12:39 | グループスピカ | Comments(0)
2005年 06月 25日

白いサルスベリ 1990年8月10日 byマサコ

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4時に東京から「五時通信」の小冊子が着いた。じっくり読んで今、5時15分前。さあどうもっていこうか?と頭の中はクルクルしてしまった。

リンパ節に転移しているガンの事を書こうかしら? それとも知らん顔をして庭のサルスベリがカナダの雪を思わせるとするときれいだろうか? と本音も体裁もぶつけられるまま、ウィッヒッヒッと時が経つ。ウ-ンこの変な音は、如何にも私が気が狂っていると言わんばかりで全国放送してはヤバイ。夏の音「風鈴」と不倫をかけ合わせて、あ-又いつもの支離滅裂
が始まり・・・・ その内、会から除名されてもこまるし・・・・・。

そうだ。これにしよう。

 拝啓チャップ様
 夏の家族旅行はいかがでしたか?

私は37才の過ぎゆく夏をガンの恐怖と戦って生きています。いつでもヒマラヤの花畑のようなチャップの笑顔を思い出しては、あなたがもう人の物であったら特別悲しいと感じた時の事を思います。と共に21年前、高校という場所で逢っていたら・・・と実際死にかかっていた17才に青春の花を咲かせたくもあります。

何はともあれ、私が今こうしていられるのもチャップのお陰だと思っています。でそれ以上の事は思わない、考えないようにしています。

時に占星術というのをご存知ですか?相手の太陽が入っている星座に自分の月が入っていたり、あるいは相手の月が入っている星座に自分の太陽が入っている組み合わせのことを。
時にあなたの呼び名「チャップ」は、「ひょっこりひょうたん島」より名付けられました。

「波がチャップチャップチャップチャップ泳いでるぅ
            -中略-
 苦しい事もあるだろさ 悲しい事もあるだろさ
 だけど僕等はくじけない 泣くのは嫌だ 笑っちゃぉ
 すすめ---
   ひょっこりひょうたん島、 ひょっこりひょうたん島--」

(「5時通信」から)



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by grpspica | 2005-06-25 09:56 | グループスピカ | Comments(0)