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by grpspica | 2004-08-17 10:35 | グループスピカ | Comments(2)
2004年 08月 16日

原さんちの交換ノート byノリコ

まえがき
 1973年4月原家のトイレに1冊のノートがおかれた。
 1年前の3月に父が死亡。当時の家には長女、次女、三女、母親の4人が住んでいた。その後東京にいた長兄がUターンし2階の寝室のひとつを独占。女性4人はひとつの寝室で過密状態。兄は78年に結婚して家を出る。80年母の死、81年三女のトロント行き・85年次女のニューヨーク行きによって長女がひとりとなるまでの12年間、家族はもちろん来訪者がトイレでこのノートに書き続けた。

 公表を予想していない個人的なノートの最初の7日間をこのような形でblogに載せるのは、スピカの面々もそれなりに年をとったということか。私達の将来の手持ち時間は、過去に共有した時間よりはるかに少なくなった。

 それでは、白秋の短歌と共に春を過ごしたあの当時の日々を思い返そう。

4月26日長女:ミニ・コミ・ボードには思想が書けないとのマコの訴えを慎重に考慮した結果、ボードをあらためるところのノートがここに誕生。1973年4月26日午後11:45
 自由に埋めていけばいいものの、各自の「日記なるもの」の方をお留守にされぬよう。

三女:お願い、バイロン作「ドン・ジュアン」の全文知りたし、けいさいを望む。

長女:ドン・ジュアンの難船-再び愛と死について
 23名の中にペコとチッチがいてあとの21名は他人で、
 ①くじ引きに当たるのが1名でよいとすればチッチが名乗る。
 ②運の悪いのが2名以上必要だとすれば、くじにまかせ、もし ペコが当たれば、他の1人にかわってチッチは船をおりる。(手を取り合ってだ。チクショーメ)
この点マコと同意見。悲劇はチッチがくじを引いたにもかかわらず、ペコは・・・ああペコは!!

次女:そんな男に恋するより、大きな愛に生きるべし。

4月27日三女:今日のテーマは、「その人のために生きることができるか」である。(出願者マコ)

長女:一昨日モルガンの「地球の重み」を読む。リシュー♀にしてみれば夫であるピエール・タラーグが“政治”に関係し妻子との平和な生活を放棄することが納得できない。彼女にとって“その人”とはせいぜい夫・子供・親の域を出ない。
これに反しピエールにとって“その人”とは虐げられている人間一般なのだ。それゆえ妻子のために生きることが目標ではなく、みんなのために生きること即妻子のために生きることであると強弁する。
特定のその人のために生きること即みんなのために生きることであるような状態はありえないのか?

次女:みんなのために生きる「ピエール」に恋し愛するに至るリシュー。彼を愛し助けて生きて行くリシュー。

三女:なるーにネ。しかし最終の2行 リシュー=チッチではないのかのぅ。

 一人は万人のために万人は一人のために 灘神戸生協COOP。その大きな存在の意義 無公害洗剤「せっけん」、一人のため=万人のため

長女:交通ゼネスト。起床11:00am インヴェンションをひく 優雅な!!1日。

三女:交通ゼネスト関係なく4/27きょうの1日右腕のリューマチにしてやられ、かぐわしき紅茶のような1日である日和に恋も語らずはたまた20歳の賛歌もせず、ムリヤリ愛する万能楽器に30分は遊んでもらったけど、後グールドのいう「人間の魂の暗い夜」まっぴるまを経験し、まぁたまには芸術家にとってはいいけれど、精進を望む若き血潮には相変わらずの日々。

しかしこれでさえも音楽とするなら人間生活ならばバベガシが我家にやってきた事。ピアノの調律がなされている事に愛するつつましい調、ト長調の喜びを感じよう。

長女:ト長調は何故につつましいか説明を請う。
  告 森山良子の“片想い”知りたし 提供者には薄謝

4月28日三女:N氏よりなぜにト長調がつつましい調であるかの釈明を求められた。自らを芸術風に愛するM嬢にとっては心を彷彿させられるような質問である。

 これについてはBACHの48プレリュードとフーガが、6つのパルティータ、フランス組曲、English Suites モーツアルトのソナタ、ベートーベンの32のソナタその他諸々の調を持たされた曲の中からト調の物を選べばその一貫性がつかめるものと思う。

 パルティータの5番、フランス組曲の5番、いづれもト長調であるが、そのやさしい美しさはあたかも夫によく愛されている妻のような雰囲気である。G Dur は48曲のWell-Tempered Clavier(平均率)の中にわずか2曲みられ、7つのトッカッタの中には1曲。モーツアルトピアノソナタ中1曲。Beethovenの中に子供なら誰でも弾くピアノソナタの他Op.14 Nr2、Op.49 Nr2とOp.79、イタリア趣味のソナタOp.31 Nr1がト長調。バガテル集Op.126の第1曲と5曲がト長調。

 色々調べる暇がないからピアノ・コンツェルト第4番で止めとくけど、これらの曲のイメージをさぐる時、我々はここにある女性像を見いだすし、また非常にさっぱりした男性の魅力、そしてト調の持つ広がりというのが家庭的であるのに気づくと思うのである。

 2つの音が違う ♭ ひとつのヘ長調は簡潔な雰囲気はよく似ているが、ト長調よりいくらか華やかで独身者の自由があるように思えるし、ハ長調はあきらかに新生の始まりをより効果的に表せると思う。

 ハ短調はより多くのセックスアピールを秘めていると思うし、ニ短調は社会的な憂いもいささか個人的な要素が強いと感じられる。これらの事をまとめるにあたってカナダのお兄ちゃんグーちゃんの言葉を非常に参考にしたし貸していただいた。

以下、出典《イノック・アーデン》
多くの他の17世紀の作曲家同様シュトラウスの調性に対する先入観は、調号という物理的に相対的な機能を絶対的なものにとする考えにかたく結ばれていた。そして、調の個々の性格と特殊な関係をもつ傾向は生涯を通して残っていたのである。それゆえ大胆で決断力に富み、無私の自己放棄ができる男であるイノックには変ホ長調が与えられている。シュトラウスの想像する英雄の調である。イノックの友達でライヴァルでもある、物静かでひとあたりがよく、頼りになるフィッリップ・レイはホ長調である。

<両方の可愛いお嫁さん> (The little wife to both)であるアニイ・リィはト長調 -多くの他の作曲家にとってもやさしい、つつましさを表すものと思われている調である。・・・・・  [解説 G・G 三浦淳史 訳]

G・G:そうです。そう感じますね。各曲を支配する雰囲気と言ったものが、たしかに存在すると思います。その雰囲気がどこまで「調」の雰囲気なのかということは、非常に論議の多い問題であって、そこにはバッハがある精神状態に合わせてある調を選んだのかどうかという問題が絡んで来ます。そうであったことを物語る例もバッハにいくつかありますし、バッハ以後のあらゆる作曲家がある程度までそういう調の選び方をしました。もっともスクリャービンに至ってその過程は論理的な不合理さにまで達しましたけれども。

しかし、それがどの程度まで交換可能な関係なのか。例えばハ短調パルティータが<マタイ受難曲>終曲のハ短調の合唱とどの程度まで同じ「意味をもつ」のか。あるいはハ短調という調が同じ種類の思考をかき立て、違いはただ目的が世俗的か宗教的かということによってのみ生じるのか。こういったことは、ここで確信するにはあまりにむつかしい問題です。

   バッハ クラヴィーア・パルティータ グレン グールドとの対話 [角倉一朗 訳]

  カナダのおしゃべり男グールドありがとう。  
  リューマチのマコ ごくろうさま。

4月28日三女:おトイレコーチバン
 マコとお母サンは、いつもキューくつ キューくつして寝ます。これは子供話に、きゅうりがくつの中に入ってキュークツキュークツといった事によるものです。

 いんげんとにんじんで作ってみましょう。にんげんとじんいんが出来ました。これを見て人間・人員、なんか思いませんか。そう思いました。この間の、いや先日のスト。

 人間である事を求め、人員を集めストをする。
 人間である事を無視し、企業が人員整理をする。

 この人の一人よがり度           60点
 この人の社会性にめざめたいココロ 80点
 この人の甘えたゴコロ           100点

長女:バイロンは長編の詩「チャイルド・ハロルドの遍歴」と「ドン・ジュアン」を作った。
 本屋で調べたかぎりにおいて、「ドン・ジュアン」の全文を載せた本はなかった。抜粋の中にも「ドン・ジュアンの船」は載っていなかった。バイロン全集で捜さねばならないようである。 以上 第一次回答

次女:“ドン・ジュアンとヘイデ”一碧書房。バイロン詩集にあり。全文はなし。

4月29日三女:白秋詩集「桐の花」より

・昼餐(ひるげ)どきはてしさびしさ春の日も 紅茶のいろに沈みそめつつ

・よき椅子に黒き猫さへ来てなげく 初夏晩春の濃きココアかな

・サラダとり白きソースをかけてまし さみしき春の思ひ出のため

・いつしかに春の名残(なごり)となりにけり 昆布干場のたんぽぽの花

「初夏晩春」より
・猫やなぎ薄紫に光つつ暮れゆく人はしづかにあゆむ

・薄暮(たそがれ)の水路に似たる心あり やはらかき夢のひとりながるる

・いやはてに鬱金(うこん)ざくらのかなしみの ちりそめねれば五月(さつき)はきたる

「銀苗哀慕調」より
・やはらかき赤き手糸をたぐるとき 夕とどろきの遠くきこゆる

・なまけものなまけてあればこおひいの ゆるきゆげさへもたへがたきかな

・ものおもふわかき男の息づかひ そなたも知るやさるひあの花

・夕かけて白き小鳥のものおもひ 木にとまるこそさみしかりけれ

「白き露台」より
長女:もの思う若きおみなの息づかい そなたも知るや むらさきすみれ

4月30日三女:カナダのピアニストグールドはその演奏中にポケットからボタモチを投げてくれます。それをもらってガキは喜ぶし、グールドもうれしそうです。
 グールドがこのボタモチを得る資金作りは、薄闇まぎれて手拭いで顔を隠し、取りモチ持ってお宮さんや神社のさい銭箱を荒らしに行くことで、そのためそのボタモチはいっそう価値あるものになるのだそうです。

 グールドははるかカナダの地でまだ見ぬ京都御所そして春には美しい花を咲かす桜の木についての感想を語り、そんな時たまたまトロント大学が数百年の歴史をほこるかのようにその校舎が輝きヒューロン湖からの風がビロードのようにキャンパスを吹き渡るときそこに居合わせた人々はこの地上でこの場所が一番うれしくて楽しい場所のひとつだと考えるのでした。

長女:このボタモチをマコのために取ってきたいものですね。

三女:お姉さん、私は時々彼からボタモチをもらいます。レコードを聞いている時、夢の中で。でもまだ1度も食べたことはありません。でもずっとむかし中国で1人のお母さんが作ったボタモチを分け合って食べた事はあるのです。だからそのボタモチもきっとあのボタモチと同なじ味だろうと思います。

三女:2年前の今日と言えば○○の○○が○○を発って○○に帰った日です。
みなさん。2年前私はまだわずか18才でありました。ふりかえってみれば、その頃でさえ私の頭は老人性を代表するかのように物事ばかり考えジンジンしており、自分では今より若いつもりでいたのです。

 この日を記念し、また5月を迎えるにあたり、この1ヶ月間のこの場所においてマコが責任を持ち、アンケートを取りたいと思います。
テーマ 「私が人生において幸福を感じる時」 執筆者は署名をして下さい。

三女
・1週間晴れが続きそれがためもう一生晴れ続きだろうと見込み違いをしているとき
・ 自分が思わなくても人生が思い通りになるらしいという気持ちが1ヶ月に3分間あるとき

長女
・ 陽がサンサンと注ぐベットの中で、夢ともなくまたうつつともなく、マコのピアノの音など聴くともなく、聴かぬともなく、安らかな憩いを怠惰にむさぼるとき(つまりこの2日間なのだ)
・ 彼の横にすわっていて、彼が白い華奢な指で、リズミカルに紅茶を入れてくれるのをながめているとき(ただしこれは過去形なのだ)
・ からっとしたお天気で、下におりてきたとき、マコがさわやかな顔で満足気に立ち居振る舞いをしているのを見る朝のひととき。
・ 世の中全てのことがうまくいき、全ての人が幸せで、全ての人を愛せそうな気がするとき。 1ヶ月に10日位?
・ 自分の顔がことの他美しくみえるとき。
・ 事務所の自分の机に座ると、ガラス越しにくっきりと山の緑がみえるとき。
・その他無数

三女
みなさん、棚からボタモチ買います。
     個数は1個でよろしい。
必ず棚から落ちてきたものにかぎります。

愛と希望の募集板
  モニカ、可愛いモニカ、あなたの投稿を、待っています。
  おばさま、今まで死んだ数々のピアニストがもう一度生まれ直してピアノを習おうかと注目している日本における音楽家のうちの一人。字を書くことは脳軟化症の予防にもなると思います。投稿をお待ちしています。
  原家におけるくみ取り容量アップにご協力の皆様、どうか遠慮なく。

?:裕三展 5/3-5/27 近代美術館 没後45年

長女:署名お忘れなく
 見てきた人の声、是非行って見て下さい。お話はそれから。

三女:「Nさん。とってきたいものですね」を「とっておきたいもの」と読んでしまいました。ほんとに貴女1人でもいいから、行って取ってきて下さい。メープルの青葉を忘れずにね。カエデの新芽も一緒にね。
 5月と言えば加奈陀の新緑状態はいかに。

長女:カナダにおける初夏の緑に関する一考察と題したものの、資料ならびに想像力不足ゆえ、先がつづきませぬ。
  しかしながら、ばべがしの登場をつぶさに見て、緑の人に与える安らぎと希望はいずこにても同じものと思われます。

三女:私にとって「棚からボタモチ」はグレン・グールドが棚から落っこちてくるようなものです。でも彼がこう言ったらガックリだね。

 「マコ、なんかいいことあらへんか!」

5月1日三女:近日トロント地方にお出かけの方は、ヒューロン湖からの風がト大のキャンパスまで行くものかを、オンタリオ州気象台にてお調べ下さい。

長女:5月wunderschön?? Monat Mai、麗しき5月。麗しかるべき5月。
  去年、5月は苦しみをノリコにもたらした。外界の美しさが、心の虚しさに比例して輝くばかりであった。あれから1年。時は過ぎ、人は去る。去りし人への想い、新たに去った人への想い。この重みをしっかり受け止めてゆきたい。

:wunderschön??←??

長女:追記 ドイツ語文法初級  その1
 形容詞は次に来る名詞の性・数・格によって活用する。性とは男性・女性・中性の3種、数は単数・複数の2種、格は1格から4格までの4種(I, my,me,mineみたいなもの)。ノリコはMonat の性を記憶していない。多分男性である⇒ とすればerをつければいいが、語学に自尊心を傷つけられたくないので、書かなかったというわけ。

:大変楽しい時がこの場ですごせるとは!!!
  我が人生に於いて素晴らしい発足の1つなりと我家の3姉妹に感謝!!!
  マコのご親切なお誘いおすすめに応えて、脳軟化症予防と、書くことにしました。

三女:オカーサンの文には普通の人より!!!が1個多い。

長女:本人にかわりまして申し上げます。音楽の本質をとらえ、それを教えるべき数名の弟子を持ち、さらに愛らしい3人の娘と頼もしい息子を持ちまして、目下のところ幸せとはこのようなものかしらと思う日々です。
  この上はよき男友達と、素敵な恋をしてみたいというのは欲張りでしょうか?

文学の散歩道 5月例会
    例会賞受賞発表作品
「あなたに飲まれる紅茶にわたしはなりたい」
作者: (知性派冷血詩人) 原 真砂子

姉に捧ぐ 1973(昭和48)年5月1日

あなたに飲まれる一杯の紅茶にわたしはなりたい。
暖かくつやのある白い陶器の中の静かな液体。
あなたの手首が、かしぐまま、あなたの口元に運ばれて、
あなたの疲れた体に滲みわたる。
ああ-1口の熱い液体。

異国の地に根をはり、白い霊気に葉をふるわせ、
人の手に摘まれ、四角の箱に治まって、
今宵もわたしはあなたの部屋にいる。
あなたが人の愛が欲しい時。
あなたの繊細な指が蓋を開け、スプーン1杯のわたしを量る。

今宵のあなたは1人きり。
熱い湯がそそがれて、わたしは1杯の液体に変身する。
それが、わたし。

あなたの思うまま、あなたの中に滲みわたる。
ほのかな香り、やさしい色を
あなたはいつわたしのものだと気づいてくれるでしょう。
今宵もわたしはあなたの白いカップの中にいるわ。

理事長寸評:この詩は後半の方が前の部分に比べ平凡でありふれている。

次女:読者評:「あなたの飲む」1杯の紅茶の方がいいと思うヨーン。

長女:捧げられた姉評:しあわせです!!

三女:作成した詩人の言葉:確かにその方がもっといいわ。そのはずだったんだ。でもそれでは みつはしちかこ のなんかの詩に似てはしまわないか。

ミニ・コミの出現によるわが家の変化
 トイレの便座はその大部分を椅子と化した。人々はいまのところ、読むために書くためにトイレに入ってきて、そのついでに用をたす。誰がトイレに入ったか確かめる風が強く、近くにいれば耳を澄まし、今どこを読んでいるか考えたり人が入れば、何か読めるものと考えている。熱を入れて書いたり長く座り込んで読んでいると思わぬ余得がある。即ち一度出たものがもう一度出る。

 明日ミニコミは隠される。
 そして近日中に発表される作品は「コーソを送る歌」コーソの歴史、コーソによる人々。そしてコーソのありし日の姿をしのぼうと思う。各人、コーソの思い出を書いて下さい。
 このミニ・コミにもっともよく合うのは即興性だと思う。11:05pm

次女:幸せな時
・イーストが計算通り4倍にふくれた時。(継続) 

5月2日三女:トロントとはインディアン語で集合の意を表します。トロントがむかしから人の集まる所だったということがわかります。それでそれを記念して、男の子が生まれたら「集」(シュウチャンデス)という名をつけようかと思っています。

長女:男の子の名前は 耕(こう)か周(しゅう)か 準(じゅん)です。

あとがき 1988年5月。マコはトロントでの思い出と共に帰国。その半年前にモニカがニューヨークより帰国。3姉妹はまた1つのトイレに押し合いへし合い。

 93年5月一人暮らしの快適さに慣れていた三女が長女に、別居を申し出、長女が事務所所在地に住まいを作る。2000年夏、次女と三女は2世帯住宅に改築。次女の生徒用トイレ・次女専用の浴室・トイレ・台所・洗濯機を設置。

 住まいは区分したものの、スピカの中での ①おしゃべり好き ②音楽 ③グールド は、今も30年前と少しも変わりません。







by grpspica | 2004-08-16 11:13 | グループスピカ | Comments(0)
2004年 08月 14日

入力できた!  by モニカ

どういうわけかimacからはこのblogに日本語入力が出来ませんでした。化けてしまうのです。
そんなバカな事が.......? AppleのLive HPのトップにはpowered by exite.ってあるのにです。でも実際には困ってる人が随分いたみたい。
久し振りにあきらめ気分で今試してみたら、オオッ!出来るではないですか。誰かがどこかで苦労して下さったようです。
英文入力しか出来ないmusoさんの問題がどこにあるかわかるといいね。

お盆は全員集合の2日になりました。

名無しのゴンベイ改め、モニカ






by grpspica | 2004-08-14 13:10 | グループスピカ | Comments(4)
2004年 08月 13日

シリウスの白 by 原 真砂子(マサコ).

a0019212_2335221.jpg


「夢用絵の具」という楽しいテレビ番組がある。
「ピンク」には主に宇野千代さんにスポットが当てられていた。「青」ではイタリーの青。「白」には幸田文さん母娘の着物にまつわる「白の物語」が編集されている。
番組の中では呉服屋さんが「白いユカタ地が似合う人、白地を着こなせる人は滅多にいない。そんな美人がいたら‥‥。」と話していた。

同じ白でも色々あるが、本来の白の魅力は他の色のぶつかり合いを避け、全てをつなぎ合わせることにあるのではないかしら?

カナダ産のスイトピーの白は夜空に輝くシリウスの白に近い。この白い花は、スイトピーの花束を作る時に色々な色を見事に1つにまとめる力がある。日本産の白のスイトピーにはその力がない。私にとっては「白」に「濁象牙色・濁黄緑色」が混じっているように思われる。
花束を作って見るとすぐにわかるけれど、混ざり合う色の衝突のうっとおしさを避け、全ての色にその色本来の特質を輝き出させるのは、あの「白」以外にない。「人を寄せつけない白」でもなく「やたら自分についた汚れだけが目だって気になる白」でもない。

毎年、同じ朝顔から種を採り続けていると最後には全部真っ白の花になったという話を聞いたことがある。全ての色を含んでいながら「白」でいられる。この白を何と呼べばいいのだろう?

音楽院の学生だった頃、クラスメイトの手作りニットの展示会でハーモニーのクラスの先生と顔を合わせた。その時に「マコはウィンタータイプ(冬型)だから、白ならexact white。看護婦さんの制服のような白が似合うよ。」とにわかカウンセラーになって言われた。
この「exact white」の「exact 」をどう日本語に訳せばいいのかしら? 「完全な、全くの、〜の中の〜、精密な‥‥」

シリウスの魅力は全天で一番明るいこと、地球に1番近いことにあるのではなく、あの高潔にして気さくな色と万色を受け入れるあの「白さ」にある。 
シリウスが忙しく瞬いて色を変える印象から、シリウスを「えぬぐぼし(絵の具星)」と呼ぶ地方がある。
私にとってシリウスが他の色に光って見えたことはないが、この地上でシリウスの白を宿した百合の花にで出会えたら、いや、シリウス星には、星の色と同質の百合の群生があるだろうという幻想にひたりながら、シリウスの白をこよなく愛している。  

心にシリウスの白を持とう。人間が発色出来るならやっぱりシリウスの白を発光しよう。



写真 カナダのスイトピーではないけれど......




**********************
by grpspica | 2004-08-13 16:46 | グループスピカ | Comments(0)
2004年 08月 08日

バラのいたずら by 原 真砂子.

 ロシアのピアニスト、今は亡きリヒテルが「墓参りに来る時は、白バラ一本と紫のグラジオラスを手向けて欲しい」と言っているのを知り、白いミニバラを鉢で育てることにした。
「リヒテルは語る」は生前の彼の言葉をまとめた本なのだが、共感覚者であるリヒテルの住んでいた感受性の世界が、彼のピアノ演奏より数倍魅力的である。
 私には気の合う人だとわかったので何度も恐山のシャーマン(巫女)のようにリヒテルの霊を招霊しようとした。ある時は、彼の好きだったタバコと日本酒を供えて、お出でをお待ちしたが、何も答えてくれなかった。庭に石を置いて拝んだこともある。
 ハハン! リヒテルは自分がグールドより重きをおかれていないから、出て来ないのかもしれないと、それでも諦めずに花を育て、語りかけていた。

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 そのバラは白といってもクリーム地、外側の花びらは咢に近い感じで緑がかっている。
毎日、挨拶に行くと花びらの量や形でさえ、一度たりとも全く同じ花が咲かないことに気づく。私の好きなシリウスの白を宿した花が三本咲いても、まだ気づかなかったが、ある日、淡いピンクの花に、ようやくリヒテルの心を感じた。リヒテルは、私の色好みに答えてくれるかのようである。

 その横で、我をはっているのが「グレン」と名付けたミニバラ。色はセクシーなパープルピンク。バーガンディとも。アンリ・マティスという名のバラみたいなスプレー系で、花の中に白い模様が入る。花の大きさはうずらの卵がやっとのところなのに、枝によっては六つも花をつけて、六本の指でピアノを喋らせたグールドの片手みたいに見える。
 色なし自慢の彼の音にしたら、花びらは有色で、そのうち透明バラを咲かせるつもりかもしれないが、今のところ、朝鮮語の「  (モッ)〈オシャレ・粋・優雅・雅致・真珠〉」が、このバラの「ため息」というところ。
 このバラは、丸っこい端の形のはずが、一輪だけ、四角の形を取り出した。花びらの数も少ない。出来損ないが育つと見守った。
 色はどんどん紫に傾いていく。紫が白味を帯びたピンクを覆いかぶすような花びらを手にしてテーブルの上においた。
 
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 グググーと体が唸る。そっそれは「フィアルタの春」色であった。こころなしか、花びらが唇の形に見える。
「フィアルタの春」は、ナボコフの短編で、作者と読者の私が最も好む作品の一つである。
読後、あまりの衝撃にこの「情事」を記念して口紅を買おうとフィアルタの春色を求めて、デパートを歩いた。思っていた色の口紅があった。しかし何千円もするので買わなかった。そんなことをグレンというバラが逐一知っているのではないかと思うほど、あの口紅そっくりの色バラが産出されていたのである。これでは「ナボコフ・スローニム(ヴェーラ夫人の旧姓)」の名のバラを育てると、どういうことになるのか今から楽しみである。

 バラの絵といえば、お嬢様っぽい少女や奥様が、金持ち風のガーデンに咲くバラの中にいる絵が多いのに、イギリスの画家、チャールズ・キーピングの描いたバラを見つめる少年の絵は忘れることが出来ない。人生の苦渋があどけない顔にのっている。少年の潜在意識がバラの花びらの角度に乗り移ったかの様。人間とバラのサイケックな感性を表わしている作品にバラの甘ったるい香りはしない。貧しい生活と希望の匂いがする。

 二階のバラたちはテラスに住んでいる。
 そのバラの横に、しわがれだらけの、葉も縮くれている病気だらけの「MAKO」と名付けたミニバラがいる。グレンと同じプランターに入れておいたが、仲が悪そうなので離してみた。グレンは意気揚々と次々に咲き出したが、MAKOは固い蕾が一つ付いただけ。それでどうやら透明な赤のバラらしいことがわかってきた。
 マコや、あんた、いたずらをする元気がアルン?と分身に向かって話しかける。

(注)ハングル文字が入力できないので空白の部分があります






by grpspica | 2004-08-08 19:44 | グループスピカ | Comments(0)
2004年 08月 05日

カマスゴとポピー by 原真砂子.

       
 私の住む町では、イカナゴの成魚を「フルセ」と呼んでいる。
このフルセ、三重産は「カマスゴ」と呼ばれて市内に出回る。

 カマスゴは、柔らかでつぶれやすい。その割れた腹から、卵や白子がそれぞれに春らしい色(サーモンピンク系)でシックな魚が芸術品に見える。
 1月の三重県からのカマスゴは子持ちで、本来産卵前は獲ったらいけないはずなのだが、この時期の親魚は、水産試験場が資源量と成熟度を調査し、解禁時期を決定するために、漁業者に依頼して「試験曳」を行っているものとのこと。
 関東では「小女子」、仙台・宮城地区では「メロード」、英名は「サンド・イール(砂のウナギ)」と呼ばれる早春魚を柚子の果汁をたっぷりしぼりかけて、そのまま食すると、遠い日の思いでとの差異にしばしば時を忘れる。

 私が子供だった頃、フルセは魚の匂いを嫌う母のオカズのひとつだった。
酢醤油を入れた容器を用意して、練炭を入れた「七輪」の上の金網に、店で買った釜あげされたフルセを並べる。母は、「よく焼き上げて、つけ汁につけた時ジュッという音がしたものが美味しい」という。
 油ののったフルセは、焼くとその油がよく火に落ちる。
その度に炎が、練炭が、音を発する中で、フルセを黒こげにしてはいけないし、生焼けでは母の好む「ジュッ」という音は出ないので大忙しだった。
 我が家ではこんな苦労をしてフルセを食していたのである。

 店売りの釜茹フルセをポン酢やショウガ醤油で美味しく簡単に食べる事が出来たのに、なぜこんな手間をかけたのだろう? 雅量の狭い祖母の「こだわり」だろうか? それとも他所者だった祖母か母が、地元の人に習った調理法だったのかもしれない。今となってはわからない。
 ともかく、油ジュージューのフルセは滑りやすく、しかも潜り込むにはうってつけの穴の多い練炭だから、穴をめがけて金網の目やお箸から逃げ出して、潜り込んでいく。
そうなると長い菜バシを燃え盛る火の中に入れて、そのフルセを拾い上げなければならない。魚もハシも黒こげのイメージがある。いやそれよりも網の上で、燃え過ぎるフルセも多かったかもしれない。

 「釜茹フルセ」はそんなに臭みがないのに、このオカズの時は、酢醤油がしみ込むように早く準備を始めて〈二度焼きするため〉、しかも少し熱く(あたたか味程度)ないとおいしくない。
したがってお弁当のオカズに入っていたことはなかった。
母としては「カルシウム」をねらって、子供達に食べさせていたのかも。焼き役が兄なら、フルセが食卓に辿り着く前に兄の腹の中に全部納まっただろう。

 平成不況の日本は物が売れなくなり、あちこちで価格破壊が始まった。
「カマスゴ」は老人の私にはちょうどいい量が100円で、しかもこの壊れやすい小魚は四角のビニールザルの上にのっている。捨てるには勿体ないザルを見ていて、その活用法を考えたくなった。
 ある園芸家は、卵ケースを開いた形にして前もって底になる部分に穴を開けておき、種まき用の床にするという。移植可能の小さな苗、コントロールしにくいすぐ厚播きになるような種の種類に、このザルはどうだろうか。
 
 生まれて初めて、「虞美人草(ポピー)」の種を播いた時、私は困惑してしまった。
ひと袋で100本から120本の種は、今まで手にしたどんな種よりも意のままに地面に落すことが出来ない。
 そこで、重なりあうように発芽した苗を大きめの小鉢60個を用意した場所に植え替えると、ナント、まるで亡命者のように新しい土地に馴染めず、一つ、また一つと消えて行った。
ところが、例外はあるもので、10余りが残る。しかも3本ぐらい束になって成長してくるのだ。

 それを今度はまた地面に植え替えた時、どんな根をしているのかと眺めた。移植を嫌うスイトピーの根とは全く違った細い雨のような根が、春雨を切ったように一杯伸びている。
 種袋には、間引くように書いてあるが、勿体なくて、どれか1本に出来ないまま冬が過ぎて行く。直播きのまま苗になっているものもスコップで数本ごとに広い所に移す。
 
 この作業は、私につくづくと移住、移民を思い起こさせた。
 人間も土着の根深になると他の土地に移ることは困難になる。
移った先の土地がその植物(人間)に合うか合わないかで、消えるも花が咲くも自由自在になる。

 もしも日本が攻撃されて、安全な国に逃げるとしても、私が2才から28才まで、36才から16年も住み続けた土地を離れると、この苗のようなことになりかねない。

 私は7年住んだカナダで、日本にいては到底得ることのないチャンスに恵まれたが、もしも行き先が英語圏で、私の知人・友人が残っているカナダであるとしても、異国で生涯を暮らすその苦しみはどんなものになるだろうか?

 ビニールの網の目をくぐれそうな細い根のポピーの様子に、自分の根の種類を想像する。そして1919年にロシアを永遠に去ったナボコフが、ヨーロッパを転々として1940年には、アメリカに渡り、「ロリータ」の収益による経済的安定で60代は再びヨーロッパに戻り、スイス、モントルーのパレスホテルで暮らした、その波乱の人生にナボコフは一体どんな形の根を持っていたのか見てみたい気がするのである。







by grpspica | 2004-08-05 17:24 | グループスピカ | Comments(0)
2004年 05月 11日

いよいよwebで登場

1993年6月から2004年1月(53号)まで「海峡」は、印刷物として発行されました。
きょうからこのblogで、運転を開始します。
まずはこの文章を送ってみるところから。野里子
by grpspica | 2004-05-11 14:46 | グループスピカ | Comments(0)