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by grpspica | 2005-06-27 10:43 | グループスピカ | Comments(0)
2005年 06月 26日

その人のこと 1990年10月7日 byマサコ

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 銀木犀が薫る雨の日曜日。私は一日中写経をして過ごした。日本の10月は妙に“源氏物語”を想い起こさせる。湿った庭には酔芙蓉が白い花としぼんだピンクの花をつけている。あじさいの花一つ。朝顔もまだ咲いている。

 肩の疲れをほぐしながら、小さな庭をぶらぶらしていて、説明のつかない気持に襲われた。
  宗教に興味を持っている私としては、人間に執着すること、物に執着することが良くないことはよくわかっているつもりだ。しかし伴侶を得たいという悲しいまでの気持ち、そして優秀な子供を授かりたいという激しい願いから開放されるのはいつのことか。

  その人に逢ったのは、2年前の7月であった。彼は私の心に忘れられない笑みとムンクオイルの匂いをまき散らして部屋を出ていった。その時、私は、行って欲しくない!と心の中で想った。1年8か月後、彼は主治医となって私の前に現れた。入院中、私の心は彼の事で一杯で、アッと言う間に40日が経ってしまった。退院という喜びはもう会えなくなるという悲しみにオ-ヴァ-ラップして、それほど彼の存在は大きかった。

 ところが退院の前日、私は彼の顔に“暗いヘビの影”を見てしまったのである。目前にいる人間に人間以外のものを見るという体験はこれで5回目である。前の4人についてはその原因が後になって解明されて、一応納得した。それはやはり相手方のはるかな祖先からの因縁によるものであった。

 しかし今回の人については、驚いたことに私の友人の一人に「そのヘビはあなたの方の因縁でしょう」と言われてしまった。その言葉に私はとてもショックを受けた。もし彼女の言うように、私の方にある因縁だとすると、今後、好きになった人の顔にもヘビが見えてしまうのだろうか。とすると私が17才の頃から、因縁を浄めるためにやってきた事は何だったのだろうか?もっとも円地文子や谷崎潤一郎の文学にもヘビがいるという人もいるのだから、ヘビは必ずしも否定的なものではないのかもしれない。

 私は10代の頃、ある霊能者に、
「天才的な女の子が授かります」
と言われた。又、戦死した伯父が、
「どうしてもしたい事があるから必ず生まれ変わってきます」
と述べていることを告げられた。

  それ以来、体の弱かった私には結婚、妊娠、出産は健康のシンボルとなり、シンボル以上に確固たる未来像を抱かせ続けた。更に私は自分のカンに妙な自信があった。

  その一例がグレン・グ-ルドの死の事である。日本でグ-ルドに悶々としていた頃「彼の死亡記事を日本で見るような事があっては私の運は終わりだ」と思っていた。

  1982年10月7日、私は米国バッファロ-のカナダ領事館で彼の死亡記事を見せられ、涙にまみれながら学生ヴィザを手にし、トロント行きのバスに乗っていた。私の彼への執着はそれは激しいものだったと思う。
  しかし彼には妻子はいなかったし、グ-ルドと私の間にはいつも美しい音楽があった。

  話は再びこの夏の日本にもどる。私は岡部伊都子さんがテレビで稲田姫の絵の説明をするのを見ていた。朝鮮から渡って来たといわれる稲田姫の糸のような細い目は“あの人”にそっくりだった。

  さてテレビ・ドラマの一シ-ンのように、私はその人の家を見に行った。門札で判明した彼の家から5歳位の女の子が友達と手を取り合うようにして出て来た。父親そっくりのその子は私に見事にパンチを喰らわせた。車は家の周りを3周した。私の執着心を感じた娘からはジィッと眺められ、アイスクリ-ムをなめていた友人からは「また来た!」と言われてしまった。洗濯物から判断して12、3才の男の子の年子あたりがいそうだ、とも思った。

  神の話や霊の話をテンからバカにするこの男の人に、私は神様の事や霊の事がよくわかる医療人になって欲しいと希いをかける。 ダイセンジガケダラナヨサが人生ならば、心の底からこの一家に対する私の執着心を取っていただきたい、と神に願い、祈る。

  こうして私は10月7日を過ごしている。





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by grpspica | 2005-06-26 12:39 | グループスピカ | Comments(0)
2005年 06月 25日

白いサルスベリ 1990年8月10日 byマサコ

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4時に東京から「五時通信」の小冊子が着いた。じっくり読んで今、5時15分前。さあどうもっていこうか?と頭の中はクルクルしてしまった。

リンパ節に転移しているガンの事を書こうかしら? それとも知らん顔をして庭のサルスベリがカナダの雪を思わせるとするときれいだろうか? と本音も体裁もぶつけられるまま、ウィッヒッヒッと時が経つ。ウ-ンこの変な音は、如何にも私が気が狂っていると言わんばかりで全国放送してはヤバイ。夏の音「風鈴」と不倫をかけ合わせて、あ-又いつもの支離滅裂
が始まり・・・・ その内、会から除名されてもこまるし・・・・・。

そうだ。これにしよう。

 拝啓チャップ様
 夏の家族旅行はいかがでしたか?

私は37才の過ぎゆく夏をガンの恐怖と戦って生きています。いつでもヒマラヤの花畑のようなチャップの笑顔を思い出しては、あなたがもう人の物であったら特別悲しいと感じた時の事を思います。と共に21年前、高校という場所で逢っていたら・・・と実際死にかかっていた17才に青春の花を咲かせたくもあります。

何はともあれ、私が今こうしていられるのもチャップのお陰だと思っています。でそれ以上の事は思わない、考えないようにしています。

時に占星術というのをご存知ですか?相手の太陽が入っている星座に自分の月が入っていたり、あるいは相手の月が入っている星座に自分の太陽が入っている組み合わせのことを。
時にあなたの呼び名「チャップ」は、「ひょっこりひょうたん島」より名付けられました。

「波がチャップチャップチャップチャップ泳いでるぅ
            -中略-
 苦しい事もあるだろさ 悲しい事もあるだろさ
 だけど僕等はくじけない 泣くのは嫌だ 笑っちゃぉ
 すすめ---
   ひょっこりひょうたん島、 ひょっこりひょうたん島--」

(「5時通信」から)



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by grpspica | 2005-06-25 09:56 | グループスピカ | Comments(0)
2005年 06月 24日

偶 感 1990年7月15日 byマサコ

  書くことがあまり何もない。珍しいことだ。いつもは10日の内にサラサラ書いてしまうのに。
今は15日でビジネス英語を聞いている。

  手術の後に創口の盛り上がりを防ぐために「バリケア」というのをしているが、40前の私にとって“年寄りはしなくて良く”て、“若い人はして下さい”と指示されても一体どっちのグル-プに入っていいのかわからない。
8日間やってみて、やるとすぐ引っ込み、一晩カブレのためにずるけるとすぐ盛り上がる所をみれば、やはり私は40才あたりと一人で感心している。


 カブレのために亡き父が生前作っていたヒノキチオ-ルの薬をつける。もうかれこれ20年前に父と別れた私だが、こうして一人の人間が一生かけた研究の結晶に今も助けられている幸せに、母がボロンチョンにけなしていた父への反感は消え、最低父親のような男性が目の前に現れると思っていた自分の誤算にようやく気づく。

 それにしても結婚によって神経と体をズタズタにされた女性から、この世に生まれた子供たちは、歴史がくり返される事を心から恐れて、母親のストレスゆえに色々弱く、苦しく生まれついた体を抱えて、なんとかこうした渦から脱け出そうと努力しているようだ。







by grpspica | 2005-06-24 10:02 | グループスピカ | Comments(0)
2005年 06月 23日

自転車に乗って 1990年5月10日 byマサコ

  入院しているM病院へ向かって自転車のペダルをこいでいて、花いっぱいの家で聞いた英語放送の美しさに支えられて心は軽かった。
 看護婦詰所で外出許可証を渡すとすぐに、いつもは就寝時間直前に現れる主治医が、病室に来た。
「なんて?」
「悪いって・・・ 」 首筋を指す。
「刺されちゃったのか?」 (生検のこと)
「ええ。何の心配もしなくていい、と言われました」
「良性と同じだからね」
 99.9%ガンという意見であった人だそうなのに・・・・・。

とにかく神戸のK病院のH医師が、5月15日に私に紹介状の返事をことづけるそうだ。

  20年来首の甲状腺にできているグリグリを、トロントで一度手術されそうになったが、西洋人の無器用さを恐れた私は、それをキャンセルしたことがある。
 そして今年3月、風邪をこじらせて肝炎を患い入院したついでに調べてもらい、甲状腺専門の病院に行くことになった。

 自分の今の姿は岩壁を垂直に登っているようだ。行く手に何があるのだろう。いづれにしても、神の愛を信じ、神の国に心を住まわせるのみである。それにしても私はこの頃、眠っている時に素晴らしい国を旅している。もしかすると旅の出発が整えられているのかも知れない。

 ある晩、花も草木もないのに空気の中に花や草木の匂いのある、雪と氷の美しさがあるのに体が何とも温かい世界を歩いていた。それは真に学芸を喜び感謝する者のみ住む世界であった。帰り道、道に迷っていたら笑顔のグ-ルドが「地球はこっち」と、右を指差した。







by grpspica | 2005-06-23 10:05 | グループスピカ | Comments(0)