ペーパー版「海峡」の新スタイル
by grpspica
カレンダー
検索
メンバーの属性
ノリコ:弁護士
モニカ:元ピアノ教師
マサコ:シャーマン

ミクシのグールド&ナボコフコミュからお訪ね下さった皆様へ---
グールドと音楽に関するマサコの文章は、
my life with gg (グレン・グールド)
に移動中です。

ナボコフ関連のエッセイは、検索して下さると、出て来ます。

ブログの輪
musolog
AROMAISM〜アロマ主義
ややバッハ日記
☆ホメオパシ−と医学と私☆
弁護士村上秀樹のブログ
daisaku's view
津久井進の弁護士ノート
life あゆさんのブログ
お玉おばさんでもわかる 政治のお話
カテゴリ
タグ
記事ランキング
最新のコメント
>mariさん  ..
by grpspica at 19:04
電話しました。  放送..
by grpspica at 17:23
コメントをくださった方へ..
by grpspica at 07:24
この詩が読まれていて嬉し..
by grpspica at 07:20
この日は、1888年12..
by Masako at 11:03
以前の記事

by grpspica | 2005-10-30 17:21 | Happy Birthday | Comments(2)
2005年 10月 30日

語理横丁に迷い込んで by マサコ

 朝5時半に起きて、午前9時過ぎまで多国籍語理のつまみ食いをしている。その間、体操を2回して。かつて1980年代に7つの英語放送を聴いてTOEICを受験した時代とは全く異なる経験である。

 まず先生の善し悪しが、すぐにわかる。ほとんどの番組が、気楽にショー的な流れで楽しめるようになっている。がしかし、地道には身につかない。

 次ぎに、超初級、すなはち、嬰児に母乳を与えるように「おっぱい」を飲ませ始める両親のような講座がほとんどない。あれを入門というなら、どうしようもない中級崩れにも、初級にも上級にもつながらない教え方をする番組だらけとも言える。
 例えば、ピアノの最初の1ヶ月に生徒にこんなに教えると、その先生は、即クビになるだろうのに。

 11月からは、独語とスペイン語を止めて、仏・露・中国語に専念する。そのうち、1カ国語にしぼる。

 それにしても、日本は将来、小学3年生から、英語の授業を始める計画があるということだけど、一体、誰がどんなテキストを作るのだろう。
 日本人の第一外国語は、中国語か朝鮮語にして、歴史もよく習えばよかったのに。私がこの国に生きるのは、長くても後30年だろうが、地崩れして行く国の恐ろしさが、しみじみ伝わってくる昨今である。
 ヨーロッパの文化というのは、他国の侵入に身を震わせながら、生きることから成り立っているのかもしれない。

 私にとっては、ボケをかき回すに過ぎない「語理」の時間なのだが、彼のニーチェに影響を与えたといわれるエマソンの次の言葉を支えに。

 A retentive memory may be a gook thing, but ability to forget is the true
token of greatness.

「記憶力のよさはいいことかも知れないが、忘れる能力こそが偉大さを示す本当の証(あかし)である」

 これって、語理のこと、それとも史実の事?





by grpspica | 2005-10-30 16:28 | グループスピカ | Comments(2)
2005年 10月 23日

「ライファーズ」を観て byマサコ

 おしろい花が咲き誇るようやく秋らしくなった夕方、弁護士会館の講堂でドキュメンタリーフィルム「ライファーズ--終身刑を越えて」を観ました。
 アメリカの刑務所で、死刑や無期刑の受刑者たちが、他の収監者に更正プログラムへの参加を呼びかけて、受刑者たちの新しい生き方に力を貸している、その様子が淡々と描かれています。
 身を乗り出して見つめた世界には、貧困・性的暴力・殺人・薬はもちろん、犯罪をベースに人生を送ってきた人々の辛い過去と、同じ体験者が更正して、受刑者の世話にまわった様子が対照的に映し出されます。

 「あなたにとって安全な場所(サンクチュアリ)はどこでしたか?」と問われてひとりづつ回答を書いていきます。ふたり一組で相手の手を触りながらじっくり観察してそのときの思いを述べます。
 ある受刑者は10才の時に犯されます。彼は大人になって理由らしい理由もなく人を殺すのですが、本当に殺したかったのは、10才の時の彼への犯罪者であったと思えます。人一倍純粋で、人を喜ばせたい心を持つ子供が、信頼していた相手(親しく家に出入りする知人)に性的暴力を受ける。その後もその人は何事もなかったように家に出入りする。彼は親にも話さなかったし、家族は子供の状態に気づきませんでした。そのことが悲しい結果につながっていったのだろうと考えさせられます。

 似たような経験をしない者は、相手の体験を想像することはできても、奥深いところまでは理解できない。だから受刑者の発言は受刑者には重く受け止められる。でも現実には、私は囚人ではないけれど、心の中はいくつもの鎖で縛られていて、今まで人を殺さなかったのは偶然が重なり合っていただけのことでしょう。

 どの囚人も、人の思いやりある心に接している時は、顔が輝いてみえました。
 映画の最後近くで、刑務所でのクリスマスディナーの場面が出てきます。寄付で集まった食料です。このような更正プログラムの背後には、アメリカ社会にしっかり根付いるキリスト教の影響がみえます。

 おいしい食事こそが、人が人に守られている安心感と愛情を伝えることができるもの。TVで凶悪犯罪が報道され、ワイドショウで「人格・性格」が問題にされる時、「その人が、幼い時から何を食べてきたのか、少なくともこの1年、どんな食事をしたのか、と考えてみてほしい」と思うのです。

 クリスマスには人からのプレゼントを期待するのではなく、人に勇気と希望を送れる食べ物を届けられる生き方をしたいと願います。






by grpspica | 2005-10-23 18:07 | グループスピカ | Comments(3)
2005年 10月 23日

いじめ by マサコ

ちえこさま

郵便ポストに入れたことを確実に知っているのは、まず差出人関係者でしょう。
他人が、人がいつ入れたかをチェックして盗むことは出来ません。

ずっと以前、切手のミシン目から少しずれたところを切った切手を貼っていたら、局の人が「認められないから、剥がして新しい切手を貼って持ってくるように」と言いました。
誰が見ても真新しい切手です。

カナダではまず、こんな類いの「いじめ」はありませんでした。
異国人でも公共の場に行って、「理不尽」を噛み締めさせられたことは、7年間なかったです。

うーん?! やっ、ありました。
今でもどうかは知りませんが「ベル・カナダ」は、私のいた当時は独占企業でした。
で、留学生が帰国直前に使った海外通話の通話料金を踏み倒して行くケースが沢山あって問題になっていたことは知っていましたが........

ある日、私の電話の発信音がしない。。もちろん料金はちゃんと払っています。
問い合わせて下さったカナダ人の家主がどんなに話をしても、ベル・カナダは驚く程横柄な態度で「何百ドルから払わなければ元に戻さない」と言い張り、「どうしようもなかった」といわれました。

昔のことではっきりした金額は忘れたけれど確か200〜300ドル(家主もビックリの金額)を支払ったと記憶しています。支払った途端に直してくれました。
その時、家主と「ベル・カナダ」が独占企業だからこんなことが出来るのだと話したことでした。

10年前、「郵便局は潰れるといい」と思いました。物事には色々の局面や立場の人々が絡んでいて、「これが絶対」ということはないのでしょう。

お話は変わって、JRの「日勤教育」、
日本人は「教育」と「いじめ」を取り違えているみたいですね。
彼の「K」氏も郵政省に「いたときにいじめにあって、その仕返しをしてるという見解があります。






by grpspica | 2005-10-23 18:06 | blogの輪 | Comments(0)
2005年 10月 23日

マサコの占い 

ゴールドベルク変奏曲

ねね先生。沖縄の方言では「ねーね」は「お姉さん」、「にーに」は「お兄さん」です。甘えっ子のマサコは、先生が「ねね」で感激。
曲の場合は数字ではありません。
「アリア」がお好きなのは「胎内回帰願望」つまり、「魂」に憧れていらっしゃる。-----さすが、マラルメの弟子! うむむ。
25番は、私もかったるいです。多分、あっさり、はっきりしたご性格では?
数字は、バースデー・電話番号・住所など何でも呼び寄せている数字を教えて下されば占えます。
住所の番号は、例えば3人家族とすると、その数字の影響を受けている人は3人となりますし、電話番号も家族全員が使うのか、ケータイでひとりしか使わないのかで、結果はちがってくると思います。確実なのはバースデー、それも自分がふだん使っているものがいいですね。時々戸籍とちがうこともありますし、外国旅行や海外生活が長い場合は、西暦が主になります。マサコ

なおバースデーなどをコメントに投稿されるときに非公開のところをチェックするとスピカのメンバーにしか読むことができません。回答の方は結果だけでよければ公開でお届けできます。ノリコ






by grpspica | 2005-10-23 14:39 | blogの輪 | Comments(7)
2005年 10月 23日

フランス語 by マサコ

はじめまして

ねね先生、お返事をありがとうございました。
まぁ(tiens)、グレンチカ・グールドベルク のファンでいらっしゃるの?
よし(bon)占いをさせて下さい。
31の曲の中から、
beaucoup (とっても好き)
passionnement (死ぬ程好き)
a la folie
pas du tout
な曲を教えて下さい。

ふら語は私にとってやはり「仏さまの語」。 le Chinois(中国語)に似ているという人もいますね。
le nenuphar は la position du lotus といわれ、あーこれもまさしく「仏縁」というべきご縁かな。






by grpspica | 2005-10-23 11:14 | blogの輪 | Comments(1)
2005年 10月 23日

ライファーズ by ノリコ

AWさま。御社の社員のご主人が26才でイラクで亡くなったとのこと。
ご家族、奥様や小さな子供さん、ご両親の悲しみを思います。

「夫の死が人のために役に立った」と確信できる死であれば、ある程度は受け入れることができるかもしれませんが、少なくとも私には、米兵のイラクでの死には、これを肯定できるだけのものがあるとは思えません。

数日前、弁護士の仲間のメーリングリストに、「ファルージャで何が起こったか」、というレポートがありました。転載することもできるようですので、「海峡」にも載せられるかもしれません。

金曜日には「ライファーズ---- 終身刑を超えて」という映画を観ました。
(マサコさんがその感想を書きましたので、いずれアップします。)

簡単にいうとアメリカの刑務所における再生プログラムのお話です。
この映画に出てくる、ひとりひとりの人間(囚人)に対する接し方・見方は、さすがにアメリカと思わせる物があります。日本では考えられないような発想です。

人はともすれば自分のことのみ考えがちですが、それでも、こんな心も持っているということに救われる思いがしました。







by grpspica | 2005-10-23 10:55 | 命・平和・人権 | Comments(1)
2005年 10月 22日

ねね様 by マサコ

はじめまして
「海峡」のマサコです。こちらを覗いて下さってありがとうございました。

Le nenuphar は lotus のことで、花言葉は、Manque d'armour (冷淡さ・冷えた愛)だそうですね。くしゅん!

ヨーロッパの言語は、なぜしつこく「男性・女性」にしがみつくのでしょう。その言語習慣が生まれる文化的背景は、何に由来するのかしら?






by grpspica | 2005-10-22 13:21 | blogの輪 | Comments(1)
2005年 10月 22日

災害用郵便(被災郵便)をめぐって その2 byマサコ

 * 報道について                      
 地震直後からTVで被災地宛の小包と義援金の振込みが無料というのは何度も聞いて知っていた。 ところが種々なニュ-スを見てはいたが、被災地に認定された地域から出す定形・定形外・はがき・速達料金が無料になったとは知らなかった。

 この点についてTV局に電話すると、被災郵便取扱い期間中に私の電話を受けたTV局の人たちは知らなかった。ただ前述の被災地宛のものが無料という情報のみ知っていた。

 3月7日、私は、被災郵便の報道がいつなされたかについて、大手新聞2社と地元新聞社に問い合わせた。
 「1月24日の朝刊」と答えたのは地元新聞社。後の2社は、「他の無料の情報はデ-タ-ベ-スに入っているが、その件に関しては出てきません」と回答した。

 明石市内の小学校教師は、教科書を失った神戸の青空学級の話を聞いて、教科書を送るために自宅近くの郵便局に出かけた。宛先と内容を局員に告げ、無料で送れないかを聞いたところ、局員は「無料の制度はない。またこんな時期だから速達にした方が確実だと思う」と返答した。

 一般市民に情報が行き渡らないのはともかく、局員すら全く知らないのはどういう訳だろうか。狭い郵便局では、空いて入れば人の声はよく聞こえる。局員が間違った答えをしているとき、近畿郵政局からのFAXを受けとっていた局長や、通達を知っている他の局員は何をしていたのだろう。

 2月初めに明石市役所に電話をして、市の広報(続々と号外が出ていた)に情報を載せるように頼んだ。市は他に載せる重要なものがあると取り合わなかった。

 郵政省にも電話をして、今からでも各局に通達公示の貼紙を入口に貼ること、また窓口でも利用者に伝えるように指導していただきたいと要請した。郵政省は「公示義務はあるが口頭で伝える義務はない」という返答であった。
 この制度を知らなかったために、自分の属する会の全国の会員に多額の郵便料を払って援助の訴えをした例も聞いた。

 この間、被災地各地の友人・知人に情報提供の依頼をした。
・貼紙の無い所(神戸の被災の激しかった地区内でも、貼ってなかった所があるという)
・目立つ所に大きく貼紙をしている所
・窓口で教えている所(1ヶ所のみ)
等があることがわかってきた。

 こんな微笑ましい被災郵便の実用例がある。
断水の続く被災地から実家の母親のもとへ洗濯物を送っていたのである。洗濯物を抱えて避難所から実家のある他府県へ里帰りをした話もあるから、この話はある局員のいう「内容は地震関係の物に限る」という制限(?)にもぴったりだ。

 私は、神戸中央郵便局に問い合わせた。
「被災郵便っていうのは、一体どういう制度なのですか?」
「なぜ一人一人に教えないのですか?」
「みんなに言わないのは郵便物が一度に沢山来たら困るからですか?」
 ノラリクラリの局員は、「後で総務課の人が電話する」と言って電話を切ったが、電話は掛ってこなかった。

 * 使わせない理由                      
 この制度は「被災地の方は物入りでしょうから、せめて郵便代くらいは……」という愛の心で始まったと私は考えている。だのに、なぜ多くの局が無視し続け、料金を取り続けて平気でいられるのか?

 私の頭の中では3つの事しか考えられない。
1、各郵便局の売上げが、その郵便局のマ-ジンとなって、局長や局員の収入に影響する。(郵政省は、収支は郵政省で合わせるから、そんなことはないと言うが、年賀はがき等を「うちで買ってね」と頼み、買えばおまけが付くのはその表われではないのか)

2、被災郵便を受け付けると数を数えたり帳面につけたりで、事務仕事が増えて、ややこしい。時間を取られる。

3、郵政省が、「出来るだけ使わせないように」指導している。
 郵便局は、かなり広い地域に一つしかないという意味では、その地域の独占企業である。悪用されないためになされたことらしいが、その地域の局員には、お客さんが地元住民個人であるか会社関係者であるかという区別がつかないのだろうか。
 もし局が乱立して競争が激しければ、利用者を自局に引き込もうと各局はこぞって、無料郵便物の宣伝をしたかも知れない。

* ある被災地区の局員から聞いた本音の話
 「あれは元々、着のみ着のままで家から逃げ出し、電話も掛けられずにいる人が、自分の生存を知らせるためだけのものです。今の間に出そうとする余計な人は、防ごうと努力しておりました。各郵便局でいろいろ違いが出るのは、局長の気持一つだからです」

 私はさしずめ、この局側の言う「余計な人」になるのであろう。しかし、局長一人の考えで通達を押さえたり出来るのだろうか。また、局や局員に被災地住民一人一人の被災度を認定する権限があるのだろうか。

 確かに明石市は神戸市より災害が軽かった。しかし家こそ倒壊しなかったけれど、家屋の修理に百万円以上の出費を強いられたり、収入が半減した住民は被災しなかったと言えるのだろうか?
 DM業者の悪用を防ぎたいという面もあるだろうが、年賀状や暑中見舞を多量に利用する人が、自分が無事でいるという手紙を同じ様に出せば、「明日からは受け付けません」と電話をかけてきたりするのは、なぜなのだろうか。「今の間に利用しよう」と思っても送る相手や送る内容が無ければ使えるものではない。

 私は、これまで郵便局とは国民から親しまれ、一般市民が公正なサ-ビスを受けられる場所だと信じ切っていた。でも値上げの時には一斉に実施されるのに、この通達を無視した営業はどう考えればよいのだろうか。

 たかが郵便、されど郵便。
 小さな事がその国の文化を表す。
 被災者郵便のこの顛末は、日本の行政のあり方や行政官の対応のおかしさをよく表わしていると感じた。


利用した郵便局
2月2日~9日・14日・17日 もよりの郵便局
10日・17日 西明石駅前郵便局・明石郵便局
13日     西王子郵便局・明南郵便局
14日     玉津郵便局(神戸市)
15日     茶園場郵便局
17日     東仲之町郵便局
20日     明南郵便局

問い合わせた所
郵政省・神戸中央郵便局・明石郵便局
行政監察局(東京・大阪・神戸)
テレビ朝日・読売テレビ・毎日テレビ
朝日新聞社-東京本社・神戸支局
毎日新聞社-大阪本社・神戸支局
神戸新聞社・赤旗・ジャパンタイムス
兵庫県警(生活経済課)
便乗値上げ予防センタ-(西宮)
生活科学センタ-(神戸)
生活情報センタ-(神戸)
公正取引委員会(大阪)
明石市役所
(ペーパー版「海峡」18号1995年9月より)


災害用郵便(被災郵便)をめぐって その1 へ戻る




by grpspica | 2005-10-22 11:32 | 命・平和・人権 | Comments(0)
2005年 10月 21日

災害用郵便(被災郵便)をめぐってその1 byマサコ

 * はじめに                      
 郵便法第19条の2と郵便規則第6条により被災地からの第一種・はがき・速達料金は無料のはずであった。定められた期間は、被災地と認定された日から1ヶ月間である。神戸市の場合は1月18日から2月18日まで、明石市は1月21日から2月21日までであった。
 被災地住民の中には、この法律の施行を知り、トラブルも無く郵便物を出された方もいらっしゃるだろう。だが私が情報を得た人々の間では、この制度が必ずしもスム-ズに本来の機能を果たしたとは思えない。
 日本では、利用者に権利があっても、それを知らずにいると使えないということが一般常識らしい。今回、郵便局を通して私が体験した事が、一般市民の「窓口で詳しく知る権利」と、行政官の「口頭で公示する義務」について再考する機会となる事を願ってやまない。

 * その経過                      
 私は平素、明石市と神戸市に半々に暮している。私と郵便局の関わりは深い。40に近い団体への送金、いくつかの運動支援のための物品販売の送金、そして数限りない資料や本の送付等、ほとんど毎日のように郵便局に出かける。郵便局の人たちはいつもとても親切だった。

 1月17日(注1995年)の阪神淡路大震災で、明石市も被災した。地獄のような揺れにもプレハブ住宅の我が家にはほとんど被害はなかったが、家の中は大混乱。食器はほとんど壊れ、数々の落下したものは使い物にならなくなった。又、家の東西両側のブロック塀は倒れかかった状態となった。

 1月21日、私は、地震後初めて郵便局に行った。いつも行く局が少しも壊れていなくて嬉しかったのを覚えている。
 実は、地震直後から、「郵便が無料」の情報が、TV・ラジオ・新聞を通じて流れていたというのであるが、私は知らなかった。
 沢山の世帯が停電していた。どれだけの人がTVやラジオを聞くことができだろう。あるいは、あの大混乱の中でどれだけの被災者がいつものようにゆっくり丁寧に新聞を読めただろう。

 2月1日に初めて災害用の郵便を知った。それまでずっと切手を買い、1㎏までの郵便料金を払い続けていた。局員から、親切に教えてもらった事は一度もなかった。

 2月2日、初めてはがきを2枚災害用郵便として郵便局に持参した。
 何と、年若い女子局員が私のはがきの内容を読むではないか。びっくり仰天して「内容が地震のことでないといけないのですか?」と聞くと頷いた。

 2月3日、はがきを3枚出しに行く。昨日の人よりは、丁寧に読まない。「3枚だからかな?」と思った。
 その日初めて、私は貼紙に気づいた。
 「兵庫県南部地震による被災者(個人)が窓口へ差し出される郵便物について--第一種郵便物等に限り2月21日まで料金が免除されることになりました。詳しくは窓口でお尋ね下さい」
という文字。
 「なぜ、第二種のはがきが受け付られたのか?」という疑問を持った。
 問い合わせた神戸中央郵便局の情報では、「はがき、第一種(4㎏1350円まで)無料。内容は何でも良い。個数制限なし」という事だった。

 2月6日私は、沢山の郵便物を持ち込んだ。
 この時郵便局では、私のそばに長い行列が出来ていて、お年を召した方が計量してもらい、料金を払っておられた。私は、その肩を叩いて、「今は無料ですよ」と教えてあげたかったが、なぜだか出来なかった。

 局の人は、不愉快極まりない表情で私の郵便物を取り扱っていた。この日に限らず、局員が利用者に被災郵便の事を教えているのを見ることはなかった。相変わらず、にこやかに、明らかに地元の人とわかる人々に切手やはがきを売っていた。その笑顔が私には恐ろしかった。

 2月7日、私は、「なぜ一人一人に災害用の郵便の事を教えないのですか?」と聞いてみた。  「教えています」と最初、私のはがきを読んだ職員が答えた。
 「(個人に限っているから)会社の人にいうたかて仕方がない。ここにちゃんと貼紙も貼っています。」
と、いつの間にか窓口の横に引越しした貼紙を指さす。
 「どなたも読んでおられないでしょう? 皆さん、料金をお払いになっていらっしゃるじゃありませんか? 貼紙は入口に貼って下さい。」

 それ以後この貼紙はピンクのマジックでマ-クされ少し目立つようになっていたが、入口に貼られることはなかった。
 2月8日、ますます白い目をむく恐ろしい局員たちの視線に、私は「これは余程の事がある」と考えていた。
 2月9日、郵便物を前に女子職員は、局長の方を何度も振り返って指示を仰ごうとしていたが、局長は無視していた。そこで彼女はスタンプを私に手渡し、私は自分で封筒に「災害用」スタンプを押した。聞こえがよしに数を数える声が聞こえた。

 もうわかった。他の局はどうしているか調べに出よう。
 2月10日、別の郵便局でも、災害用郵便は甚だしい違和感を持って迎えられた。

 「この局では、災害用の郵便のこと、一人一人に教えていらっしゃいますか?」と問うと、顔を赤くし、口を押さえた局員が、
 「みんなにはねぇ」と答えた。
 「私は知っているから感謝して使わせていただいてますが、ご存知ない方もいらっしゃるので、どうか皆さんに教えてあげて下さい。」と頭を下げて局を出た。

 日頃から郵便物の多い私は、期間中自分の足で隣接する神戸地区1ヶ所と明石市内数ヶ所の局を調べて歩いた。
 貼紙の無いところ、窓口の職員さえ知らない所と様々であった。
 62円切手を買おうとした人にも「今は80円ですよ」と80円切手を売っていた。

 被災郵便のことを教えている所は1ヶ所もなかった。窓口職員が、局長の所に持っていって「局長がいいといってるから・・」と受け付ける所もあった。
 「被災郵便」と申し出ているのに計量して料金を取ろうとした女性局長は、「お客さんが被災なさったのですか?」と、私に呆れ返ったといわんばかりに言った。

 一番ひどかったのは市内一の大きな郵便局である。窓口の職員は「避難所にいるのか? 証明書を見せろ。被災郵便は避難所にいる人だけのものだ。」と応対し、押し問答となった。
 奥の部屋に局長と副局長らしき人がいた。窓口職員は局長に私の言い分を伝え、局長は「そうやで。第一種、はがき、速達はみんな、普通の人でもただや」と告げた。

 飛び上がらんばかりに驚いた局員は「普通の人もただやったんか!僕は切手やはがきを売り続けてた」と人間らしい声をあげた。
 私はこの時、速達も無料だと初めて知った。この局には災害用のスタンプも用意されてなかった。貼紙も貼っていなかった。後日、局は「貼っていたけれど、出入りの人が多くて、剥がれてしまった。」と弁明している。

 帰りがけに窓口局員は、「使わせへんかったのは、悪用されんためや。会社が宣伝用に使うからや。あんた、僕等を国家公務員と思っているやろ。郵便局はそれぞれ別個のもんや。手紙の内容は地震のことだけやで。地震のこと以外何も入れたら、あかんで」と言った。
 私には局員が国家公務員ではないとか、定形外で4㎏まで受け付けながら内容は地震に限るというのがどういうことなのか理解出来なかった。



災害用郵便(被災郵便)をめぐって その2 へ










 
by grpspica | 2005-10-21 19:27 | 命・平和・人権 | Comments(4)