ペーパー版「海峡」の新スタイル
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by grpspica | 2005-11-29 09:35 | グループスピカ | Comments(4)
2005年 11月 23日

篠山詣で  by モニカ

10月に篠山の友人から連絡をもらって、黒豆枝豆狩りに。
昨年は食べ物不足で里に下りてくる猿や鹿、いのししを警戒して1度に全部刈り取って帰ったけれど、今年は防護ネットを周りに張り巡らして下さったお陰と里に下りてくる動物たちも少なかったので、立ち枯れるまで置いて木で熟した黒豆を採りにもう1度来ることに。
でデで....11月20日が今年の黒豆狩りの日。刈り取る前に写真を撮るのを忘れたため、刈り取った後のもの。残っているのは27日に取りに来る人のもの。(当日次の仕事のためにネットをはずされたためか、この後子供のいのししに少し食べられたらしい)

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a0019212_0333581.jpg



刈り取り終わって、写真を取ろうと周りを見るとなんだか変な光景が......
ムムム..ッ...これって『サクラ ?!×○▼!?』
a0019212_0343874.jpg

そうなんです。紅葉の右、栗の上に桜の花が伸び伸びと咲いていました。栗もちゃんとなってましたよ。
a0019212_0355399.jpg


篠山って、けっこう寒いところなのに、何が狂ったんでしょうか。
我家の庭ではジンジャーがまだ蕾を膨らましてるから、...という話と一緒には出来ないような気もするけれど、やはり温暖化の影響?

収穫を終えた後は、10月1日にオープンした「兵庫陶芸美術館」の券を頂いていたので寄り道。しかし11月19、20日は「関西文化の日」とかいう日で、入館無料の日でした。あちこちの美術館、博物館等が無料だったようです。こんな話初めて聞いた我々でしたが、いつから始まったんでしょうか。来年は有効利用したい制度です。

その美術館は通常でも午後7時まで。金土は午後9時まで開館していて、これはなかなか便利。五時閉館だったら我々も時間的に無理でしたから。日も沈んで暗くなった道を地図を頼りにひた走り。迷ったかなと思う頃に現われた建物は、それはりっぱなものでした。木をふんだんに使ってあって、茶室ではお茶も飲めます。研修施設もありました。陶芸の研修でもするのかな。またレストランの前のひろ-い展望デッキはウッドデッキで、獅子座流星群(でしたっけ?)を眺めるには最適です。だって周りは真っ暗ですから。
兵庫陶芸美術館
ただね、シーズン時はいいけれど、オフになったら赤字ではないかと..余計な心配をしてしまいました。

帰りはそこから今までとは違った道を通って、トロトロ迷いながら帰って来ました。







by grpspica | 2005-11-23 00:39 | グループスピカ | Comments(0)
2005年 11月 22日

イランイランとランタナ  by モニカ

今年の1月、留守にしている間にすっかり弱ってしまったイランイラン。
葉っぱも全部落ちて丸裸になり、もうダメかと思ってたけれど、あきらめずに介護したところ以前のように葉を繁らせてくれました。

丸裸の木に芽が出始めたところ
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 現在の様子
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これで後は花を付けてくれればいいのですが......今年は...じゃない..来年は無理でも........
これは去年の花を付けたイランイランです。
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以下はmoranさんに約束したランタナの写真です。
メールで送る方法を忘れたのでここに貼り付けます。
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最初のイランイラン日記

  イランイランですよ byモニカ


前の日記

その後のイランイラン日記です。

  カナダいくら・鎌倉かりん・イランイラン byモニカ







by grpspica | 2005-11-22 23:00 | グループスピカ | Comments(4)
2005年 11月 22日

パパパ.グ−ルドヘの手紙 1901.11.22〜1996/1/6

ラッセル・ハーバート・グ−ルド様

お誕生日おめでとうございます。
1901年は1が2つあり、毛皮商として商売をなさるのには、うってつけの上に、11月でまた1が2つ。22+11=33で天下運。
22−11=また11で1が2つ。
数の上限が6までしかなく、1が山のようにある生れの方でした。

ひたすら、扱いにくいご子息に献身なさったあなたの生涯は、
喜びと共に世間からグレンを守る仕事に精神的にも労力を費やされたことでしょう。
お父様は、声の美しい、お顔と姿のそれは美しい方でいらした。
グレンのハンサムの出所がわかるような。
そして長生きをして、私に会って下さった。
私はあの時、どうすればよかったのかしら? 
息子さんに会えたよりははるかに幸運でした。
そして私は、帰国直前にこんな立派なあなたのものだった、
古代の遺跡の本をいただいたのでした。

        パパグールドのご本
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        署名とサウスウッドの住所
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もう一度お目にかかりたいのは、グレンじゃなくて、パパの方です。

グレン・グールド、世界の歴史が続く限り誰もが、
この魅力的な音楽の神様に一生を捧げた音楽家の事を忘れないでしょう。
私は来生、1930年代のサウスウッドに生まれ変わって、
お宅にピアノを習いに行こうと思います。
お目当ては、あの息子?
人は自分の作った夢の中に躍り出るのが人生だとしたら、
私はグレンの全コンサートを聴いてみたいのです。    
グ−ルドの演奏は、カナダの北極圏におけるオーロラ。
人の心を強く動かす、純粋で霊的なもの。
人の想像力を刺激する「電気、磁場」の芸術。
ゆえに「電磁流体力学」「プラズマ物理学」が、彼の芸術の本質かも知れない。

18世紀ロシアの科学者ロモノ−ソフの詩から。
       (キャサリン・チャップマン英訳/赤祖父俊一郎訳)

自然よ、おん身のおきてはどこへいってしまったのか
深夜の国々から黎明がはじまってくるとは
太陽が王座を据えようとしているのではないか
氷の海が炎を発するのではないか
そうら、冷やかな炎がわれらをつつんでしまった
これはどうしたことだ、夜というのに昼が地上にやってくるとは
夜中に冴えた光がゆらめくのはだれの仕業か
細い線状の炎を天空に打ち込むのは何者か
嵐雲をともなわぬ稲妻さながら
大地から空高くかけのぼるのは何者か
凍った蒸気が冬のさなかに火を発するとは
こんなことがあってもよいものか

   お目にかかった時に頂いたパパグ−ルドの署名入りグレンの写真と一緒に
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       お供えの秋のお菓子

 




                            
by grpspica | 2005-11-22 00:00 | Happy Birthday | Comments(8)
2005年 11月 21日

hide 様 1975年11月21日  byマサコ

さびしきみち    高村光太郎  「道程」より

かぎりなくさびしけれども
われは
すぎこしみちをすてて
まことにこよなきちからのみちをすてて
いまだしらざるつちをふみ
かなしくもすすむなり

---そはわがこころのおきてにして
またわがこころのよろこびのいづみなれば

わがめにみゆるものみなくしくして
わがてにふるるものみなたへがたくいたし
されどきのふはあぢきなくもすがたをかくし
かつてありしわれはいつしかきえさりたり
くしくしてあやしけれど
またいたくしてなやましけれども
わがこころにうつるもの
いまはこのほかになければ
これこそはわがあたらしきちからならめ
かぎりなくさびしけれども
われはただひたすらにこれをおもふ

---そはわがこころのさけびにして
またわがこころのなぐさめのいづみなれば

みしらぬわれのかなしく
あたらしきみちはしろみわたれり
さびしきはひとのよのことにして
かなしきはたましひのふるさと
こころよわがこころよ
ものおぢするわがこころよ
おのれのすがたこそずゐいちなれ
さびしきにわうごんのひびきをきき
かなしさにあまきもつやくのにほひをあぢはへかし

---そはわがこころのちちははにして
またわがこころのちからのいづみなれば






by grpspica | 2005-11-21 09:34 | Happy Birthday | Comments(4)
2005年 11月 20日

石崎皆市郎様 1881/11/20 - 1955/6/16

木の葉のしげりのなかをいく僧侶    大手拓次 作

大空のひかりにそむいて、
たわわにしげる木立のしたをえらび、
足音さへも自分の心にしのんで、そろそろとあるいてゆく
神のかきしめしたあらはな文字をさとらないで、
いたづらにかさなる運命のけものにおさへつけられ、
しろい涙を衣のそでにしめらせ、
人人のよそながらの笑ひにおくられながら、
日ごとにくもりを増す木の葉のしげりのなかを、
ひそかにひそかに生まれながらの宝石のゆくへをさがして、
わかい僧はひとりどこまでもあるいてゆく。






by grpspica | 2005-11-20 10:08 | Happy Birthday | Comments(0)
2005年 11月 13日

ナボコフ考 byマサコ

ナボコフファンとして初級レベルの私は、作品を読んだ後に解説者のナボコフの作品に関する説明を読むと「こんなに知識がないと読めないものだろうか?」とその読み方の違いにビックリする。ナボコフは難解とされる。
ナボコフの文章は関連知識がなければよく把握できない部分が多い。でもこれは他の書物でも同じこと。
わからぬことを正確に調べようともしない、愛読者になって間もない私だが、なぜナボコフに夢中になれるのか、思いつくままに考えることにした。

好き嫌いは解釈学に繋がる。感情はバカに出来ない。まず書評でナボコフのフロイト嫌いを知る。この人となら合うかもしれない。それが第一歩。ある人と友人になれるかどうかを、その人が同じ人を自分と同じように好きか嫌いかでみる方法は有効である。

人間の「好き嫌い」には感情以上の水脈が潜んでいる。ただどう表現するかは各人の教養で違ってくるけれど。 

ナボコフのフロイト嫌いはフロイトの考えが嫌いなようであるが、私は、そこまでいかない。本を買ってみたけれど幼稚園児が、担当の先生を嫌って門をくぐれないようにフロイトが嫌いであった。

次にナボコフが嫌いとされる音楽であるが、音楽を知りつくした上で、ナボコフの美的センスを満足出来る音楽も音楽家もいなかったと思うので納得がいく。
ナボコフのように聴覚の鋭い人間が、その鋭さゆえに人間の手になる楽器演奏に失望し、「耳障り」になるのは、生理的にどうしようもない事だ。
それにスポーツ万能者と音楽は共存出来るものではない。
ナボコフがいかに卓越した音楽論の持ち主であるかは、「バッハマン」の短篇によく描かれている。特に「対位法」については、あちこち面白い場面に使われている。

という事で「嫌い」なはずの音楽も音楽以外の音楽を感じ取っている作品「響き」やそのものズバリの題「音楽」での捉え方に、音楽家顔負けの才能を誇っている。

さて、脱線した話を一番最初に読んだ「透明な対象」に戻すと、好きなものの一致に、「鉛筆」。これがベラボーに私とナボコフを結びつけた。

誰も私の「鉛筆狂い」の話を聞きたくもないだろうから書かないけれど、とにかく好きなものの一つにナボコフと同じ「縁比津」がある。鉛筆についてここまで書ける人がいるという感動!

ここで共感覚者のこだわりの一つである「数字」について。
ナボコフの最後の住まいはモントルーのパレスホテルの6階6号室であったが、ヴェーラ夫人はその後7階に住んでいる。

この6階の6号室が、トマス・マンの誕生日6月6日に結びつき(マンは「6」という数字が大好きで)、なぜか私が1981年6月6日にサウスウッドに初めて行った日付けに重なり、グールド(ようやく出た)の若き日のパスポートに6が多く、そしてナボコフの「セバスチャン・ナイトの真実の生涯」で9を偏重する人の話がズバッと出てくるのだけど、

この数字がどうしたの話を後30分よく聴く事ができる人でないと、共感覚者の気持ちはわからないだろう。共感覚は私とナボコフの共通の土壌である。

チェスのことは何一つわからなくても、2冊目に読んだ「ディフェンス」は充分に楽しかった。それはナボコフの筆がチェスの天才「ルージン」をまるで目の前で見ているかように読者に描き出して見せ、心に満足を与えるから。そして、難しい話の中で、「見た所おいしくなさそうだけど、食べるとおいしいシュークリーム」の表現に「ホント、シュークリームって洋菓子の中では、この見方がバッチリなのよねぇ」と思える。

ナボコフは余裕綽々で気が抜ける場面を作るのがうまい。
B・ボイド氏は、「ディフェンス」をバッハ作品になぞらえて解説する。16才でナボコフの「青白い炎」に出会い、ナボコフに魅せられ、ナボコフと「アーダ」に関する研究で文学博士号を所得したボイドは、その高い教養と深い思慮、明敏な感受性でボイドの魂の歌というべき伝記を完成させた。

グールドには二人の作家によって書かれた伝記があるが、どうも執筆者には恵まれていないように感じる。願わくばボイド氏の手になる「グールド伝」が読みたかった。

ボイドは、自らの芸術概念を表現する言葉として、ナボコフ同様に「エクスタシー」を連発したバッハマンのモデルになるような演奏家がトロントに生きていた事を知っていただろうか?

「めずらしい蝶や、その餌になる植物のあいだに立っているとき・・・・時間を超越しているという最高の喜びに浸ることができる。これはエクスタシーの感覚であり、このエクスタシーの背後には、説明できないなにかが感じられる。これは、私の愛するすべてのものが駆け込んでいく、つかのまの真空にも似ている。これは太陽や石との一体感であり、人間の運命をつかさどる対位法の天才や幸運な人間を喜ばせるやさしい霊魂のような、関係各位にたいする感謝のおののきである」(ナボコフ伝第4章「蝶」より)

ボイドは蝶を通してナボコフの文学論を見事にまとめている。「ナボコフの作家としての成長とは、個別的なもののおもしろさ、発見の衝撃、秘密や巧みにひとを欺く意匠の直感等、彼が昆虫学に見いだした喜びを、自分の小説にも分けあたえるために、より効果的な処方を探っていく過程だと考えることができよう。蝶によって、この世界には当然と思えることはほとんどなく、世界は見た目よりもはるかに現実的かつ神秘的だと知った彼は、それと競えるような独自の世界を築き上げていく」(ナボコフ伝第4章「蝶」より)

昆虫学者として一生を通じて蝶類を採集したナボコフは植物にとても詳しい。ナボコフ狂いの私がナボコフの生家のある街ペテルブルグから寒波を招いてしまったのか、今冬、庭の花々は凍てついている。庭のお伽の国の王女さまのようなバラ色の範疇に入るピンクのバラを「ヴェーラ」と名付けようかと思う。

逆境の中で、ナボコフの文学芸術を共同で完成させたヴェーラ夫人の果たした役割は大きい。寒風に揺れているバラに夫人の面影を見る。何にでも優秀なナボコフは哲学と宗教にも秀でている。私が最も惹かれるジャンルである。唯美至上主義文学の源泉には、彼の父親V・D・ナボコフの尽きる事のない人間への愛情の流れを感じる。ボイド著「ナボコフ伝」は「奇特な人物であった彼の父親」のエピソードで溢れている。

心に愛がある親のところに生まれた子供は少ない。上流社会出身のナボコフは真実の愛を持つ家族にも恵まれた。デモニッシュな才筆で父親の人類に対する健やかな愛を表現できたところにナボコフ文学の原点があるような気がしてならない。






by grpspica | 2005-11-13 18:59 | 音楽・哲学・宗教 | Comments(17)
2005年 11月 13日

ニューカマーのお気持ちは?

うっふんアウトリーチ

あっ先生。 
先生の論文、「私の性質と精神やらが蛋白質」で出来ているのだろうとだけ感じましたです。何せ「素人の奥さん」といわれたからには、ハッスルせにゃあ!

こてこての大阪人が、そちらに移住なさったとのこと。
何やら、てんぐさまで有名な地のようで。
おうどん、たこ焼き、恋しくないですか?
なにそんなものは駅のプラザで充分間に合ってる?

家人がプリントアウトしてくれた写真を見ています。
こんなところを自転車通学したら、気持ちがいいでせうね。
ラーメン、チャーシューが厚そう。いつも塩ラーメンですか?
これって出前?それとも学食?
(今プリントが手許になくて、思い出しながら書いてます)

それから、こちらでも大学の先生が牛肉を作って、デパートの売り場の主任と話しているところがニュースになったり。東大では、琉球の「クス」を開発して、東大グッズの中の商品として売っていますね。
大学の先生も多彩さを要求される昨今。

しかも語学講座で超人気の講師は大学の先生や通訳でもない「会社の社長」なのだから。
のんびり屋の先生たちは、どうしていらっしゃるのかしら?
超のんびりで家庭内で嫌われたマサコのおとっつぁんを思い出します。








by grpspica | 2005-11-13 18:50 | blogの輪 | Comments(0)
2005年 11月 11日

ナボコフの香り  by マサコ

ナボコフには、興味ある数字がつきまとっている。
私にとって「7」「9」のある人は縁の深い人なのだ。
まず生年の1899年の「99」。そして没年の1977年の「77」。
ペテルスブルグの生家の以前の住所が「47」。
ベルリンでの下宿先が「27」と、私には気をそそられる番号が彼の一生には多い。

ナボコフには、グレインジャーのように自分の好みに合わない香りを無条件に吸い込む寛大さはなく、むしろ「鼻(Nez)」と呼ばれる香水職人のように言葉を選び抜き放つ香りを調整しつくしている。
幼少の頃からの桁はずれの一般教養や知識が良き土壌となり、彼の作品の原料となる花々を育てた。その稀なる作品は、世界に100人程だけいるといわれている「調香師」の選び抜いたバランスの香料のよう。調香師は化学や生化学の資格を持っているそうだけど、ナボコフは?の強烈な個性に適応する愛好家だけを選んでくる。

ナボコフ程私に「相性(compatibility)」がどんなものか教えてくれた作家はいない。
英語で「相性」のことを『chemistry(化学)』というのも頷ける。
ナボコフは記憶している何千種類もの異なる香りを持って、頭に浮かぶメロディを感じて紙に書く。
その強い主観と芸夢は、夫人のヴェーラさんの(推敲)清書なしには、世界のどのナボコフファンにも理解されないだろうと推察する。

「マゼンダ」という色がある。
ある色彩学者は、この色を男女の至高の愛の色と解釈しているのだが、ナボコフの全作品には彼の主観をこよなく理解して客観性を持つ表現に微妙に色を添えたヴェ-ラ夫人の存在がある。
そして、この「マゼンダ」色が薫っているように感じる。

           おはまさんbbs‥極度にはまってしまった作家について
                                               への投稿から






by grpspica | 2005-11-11 16:28 | 音楽・哲学・宗教 | Comments(4)
2005年 11月 08日

ナボの海 byマサコ

Nabokov


musoさま

カナダから、パイロットが過去のローを連れて来ました。
ナボコフは読者が作家を選ぶのではなくて、作者が愛好家のみを釣り上げるのです。
私はイワシで、たまたまナボコフの網の中に入ってしまったのです。
そういえばこの頃、日本近海のサンマの油ののりが悪くて、将来はやせっぽちのサンマになるだろうといわれています。
祖父の山に住むには、musoさんのように小型機を操縦できなければなりません。それか、いっその事「ハブ」になるか?

ナボは誤解されやすい人だと思うよ。
優しくないのに優しいと思われたり、あるいはその逆。
「超個性」という人かな。

昔、musoさんに「語学が出来る人は、その分、世界に窓をいくつか持っている」と教えてもらったけど、出来なくても、知るだけでも「窓」から風が入ってくる感じ。
例えば中国語で「月曜日 = 星期一」。「土曜日 = 星期六」で、日曜日は『星期天』です。なんとステキな言い方だろうと、ボーっとしました。
つき・ひ・みず・き・かね・つち・たいようと我が国の漢字をつられて考え直したことでした。

息子さんが「仏語ができる」といっていたけど、本当ですか?
それにしてもどなたか、「英訳‐後追い日記」に励んで下さらないかしら。人を探しているのだけど、「自分でヤレ」なんて「ヤブヘビ」なんですよ!






by grpspica | 2005-11-08 20:30 | 音楽・哲学・宗教 | Comments(1)