ペーパー版「海峡」の新スタイル
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グールドと音楽に関するマサコの文章は、
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に移動しました。

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# by grpspica | 2005-08-30 12:36 | 音楽・哲学・宗教 | Comments(1)
2005年 08月 29日

みんなまとめて by マサコ

ライオン丸様、古殿様、はなこさん 

ライオン丸様
いつも嬉しいコメントをありがとうございます。
夫婦とはなんぞや。恋人であり、いい友人、人生の協力者であればいうことなしなんでしょう。
いつになっても「イクサ」の世界が家庭です。

古殿様
汽車のお話をありがとう。先日思い切って、親類の告別式に上京しました。
帰宅後、毛細血管が脱線(切れるのです)し、足がアザだらけです。
頭の中も血の海でしょうか?
しかし、4年振りの新幹線、楽しかった。美味しいビールも見つけたし。

はなこさん
あの詩、おはなの帽子によくない?
今、シュナーベルのベートーベンのバガテルを聴いています。
その前は、ホルヘ・ダルト。 






# by grpspica | 2005-08-29 09:46 | blogの輪 | Comments(8)
2005年 08月 28日

私は、原野里子よ

きょうは、高等学校の同窓会でした。
卒業後 ン十年です。
前回はノリコが監事を担当し、人と未来防災センター見学・梅の花でのお食事とルミナリエというもりだくさんの日程を組みました。
それからの3年の間に亡くなった方がおられます。
介護のベテランは「こうやって、次々に親を送ると、次は自分だということを実感する」
と言われました。

私は9.9「9条の心」を大々的に宣伝しました。
14枚持参した券が7枚になったということは・・・うれしいっ。7人来て下さるのね。

数人にこのブログの宣伝をしました。
「コメント残してね」と頼みました。

で、私はこのブログでは、原野里子です。


間違っても本名で呼びかけないでね。






# by grpspica | 2005-08-28 18:37 | グループスピカ | Comments(3)
2005年 08月 25日

はなこさまへ 

はな  谷川俊太郎 シャガールと木の葉より 6月8日

うまれるまえからみていたはな
おもいだせないもどかしさ
かいているとえふでのさきが
みえないはなのすがたにふれる

はるごとにうまれるいろとかおり
すぎゆくときとまぐわいしている
このはなばなのやどすたねは
ひとのこころであやしいみをむすぶ

ひびのくらしはゆめにとけ
いちじんのかぜにふきちらされる
ほしいままにほろぶはなのすがたを
しんだあともわすれられない








# by grpspica | 2005-08-25 09:49 | blogの輪 | Comments(2)
2005年 08月 21日

汽車の窓から  by マサコ

古殿様
家にこもりっぱなしの生活なので、サイトの汽車に飛び乗りました。
ご案内をありがとうございます。
ずいぶんスキーがお好きのようですね。

大好きな作家、R.L.スティーブンソンの詩を古殿氏に贈ります。

汽車の窓から  ロバート・ルイス・スティーブンソン
              沢崎順之助・訳

妖精より速い、魔女より速い
橋や家屋、生け垣や水路。
戦車の軍隊みたいに牧場を
牛や馬が突進していく。
丘や野原のなにもかもが
横なぐりの雨のように飛ぶ。
ペンキ塗りの駅舎が過ぎる。

這ってよじ登っている子がいる。
ひとりで野イチゴを摘んでいる。
ほら、流浪者が立って見ている。
あっちは花輪がつくれる原っぱ!
道路を遠のく荷車がいる。
人と荷物ががらがら走る。
水車がまわる、川が流れる。
見るのは一目、一目で終わり!


英国鉄道文学傑作選 小池滋・編 ちくま文庫より






# by grpspica | 2005-08-21 11:20 | blogの輪 | Comments(6)
2005年 08月 21日

ぼやき by マサコ

「ク クルピ」は、日本語でいう「やなあさって やのあさって」の意のハングルです。
「モレ」が「あさって」、「クルピ」が「しあさって」。

8月25日は、ニーチェのご命日。
バラを用意して欲しいのか頭痛がひどいのです。
こんなに空腹なのに何も食べれない時、やはり霊が来ているのでしょうか?
どんな死霊も熱中症があたためてくれる様です。

世の女性の多くが、ダンナを放り出すのは、ダンナが、掃除も料理もしないから。
この2つが、バッチリなら「一秒でも長く生きて欲しい」と思われるものを。

「ニーチェをダンナにしたら、困ったことでしょう」
「お前を奥さんにしたら............」

フランスでは、ジャンヌ・モローに捧げられた「白バラ」が公開されました。
日本名は「KAORI(かおり)」
今年のチューリップの最も高いものは「アイスクリーム」一球1600円。

10月15日は、ニーチェのお誕生日だけど、その日にこの球根を一つだけ植えてお
祝いしようかな。
ニーチェの女性ファンは、雷雨の如く苦痛に耐えつつ、ツァラトゥストゥラと呼ぶのです。

街では花屋さんが閉店続き。「ステンレススチール」のような高価なバラはもう入荷
しにくいよう。芳香のシルバーがかった霊妙な色彩のラヴェンダー色の名花。
1本400円したから、私だって人のために1本買ったきり。
バラの花なら、
田中希代子さんのモーツァルトのソナタかな? 聴きたくとも電磁波が恐い。
「ツァラトゥストゥラ。どこにいるの?」



大辞林第二版(三省堂)
やのあさって(なやあさってともいう)
(関東・東日本で)あさっての翌日
あさっての翌々日。東京の一部などでいう。







# by grpspica | 2005-08-21 11:05 | グループスピカ | Comments(0)
2005年 08月 19日

鉄道ファン by マサコ

鉄ちゃんのことをいろいろ教えて下さってありがとう。
道ちゃんが「旅行派」なのですね。

私は推理小説作家では、夏樹静子さんの大ファン。主なる理由は、日本語が美しいからなんですが、クリスティも大好きですが、このお二方、作品数が多くて、読めども読めどもって感じです。

その内、人間の体内電気で、自らが翔べる時代も来る気がしていますが、自分の心で行き先が決まるなら、愛するにせよ憎しみにせよ、多くの人が、人の所へ来てしまうかも。鉄ちゃんなら汽車の所に行くのでは?
鉄道の楽しみ方に、「駅弁」がありますね。「駅伝」というマラソンもありましたっけ。

私の人生にとって、電車は、家から自分を遠く引き離してくれるもの、でした。
幼稚園の時、電車通園をしたのですが、その時の自立心と社会参加の喜び、決まり事に合わせて行動できる清々しさが忘れられません。
電車内にて、新聞を読む男性と家で父、兄が新聞を読んでいる時の雰囲気の違い。あまりにジィーと観察していたのか、新聞をずらして誰が見つめているのか見た人。
車内広告は社会の風でありました。

その頃、JR(国鉄時代)の普通電車には、運転手席の窓の横の方に、赤、緑、黄色のいずれかの○模様があって、友人と電車が、どの色をつけているか、当てっこをして遊びました。
あれは何のためだったのでしょうか?

駅で待っている時、遠くに電車の顔が見えた時の嬉しさも子供独特でした。

後に子守りをした男の子が「機関車トーマス」が大好きで、つきあいました。
改めて、動くものを考えると『夢』を与えてくれたとと思うのです。







# by grpspica | 2005-08-19 14:10 | グループスピカ | Comments(1)
2005年 08月 18日

タコ タコあがれ by マサコ

越前の県庁で吠えたときには、天狗党の処刑された人々も混じっていたかもしれませんよ。

蛸という字、フリガナつきを見つけました。
ウンベルト・エーコ著「フーコーの振り子」です。

その近くには「鯨飲」(げいいん)もありました。
なんとキムトンハン先生に「スルゴレ」を習ったばかりでした。
「酒鯨」(スルゴレ)とは大酒のみのことで、朝鮮語と日本語はよく似ています。

「廃線」といえば、32年前に乗った、紀州の野上電鉄も危ないのではないかしら。
当地でもバス路線をなくそうとしています。

ところで夫人のバースデイは8月でしたよね。

関係ないけど、「白鯨」で、ニシンの卵で海が真っ黄色になるお話は、何章でしたっけ。
覚えている方、教えて下さい。
「8月の鯨」とかいう映画もありましたね。





# by grpspica | 2005-08-18 11:22 | blogの輪 | Comments(5)
2005年 08月 16日

マサコのハングル

ハングルには、2つの「E」という母音があります。
やわらかな色の「え」と私にとっては濃いヤマブキ色に見える「エ」なのですが、
なんとネイティブの人たちにもこの差が、わからない人が多くなって同じに発音されている。
そのために「わたし」という「ネ」に対して「お前」という「ね」の区別が
なくなり、遂に「お前」を「ニ」にして急場をしのいでいるようです。

「O」も2つあり、マサコは、甘い「お」と塩味の「を」で区別したい。
もっと普通にいうと、大きく口を開く「お」と小さい口の「を」なのですが、
とてもわかりにくいのです。

そしてソウル方言では、文末語尾の [jo ]ヨォ  を [j  ]ヨァと発音し、
実際のスペリングでもインタネットでは、発音のまま綴られることが多いそうです。
こんなことでは、外国人が神経を使って勉強しても何もならないじゃない?

息の量がふつうの「平音」と息を沢山出す発音の「激音」では、
感情の激しい私としては腹を立てて話す時のハングルはみんな激音になってしまうでしょう。

おっとまって。ダメ、日本語なら「おっと待て」ですよ。
いやいや、この小さな「ッ」あるいは、「コッコ」のようにノドに近い音。
息が、鼻の後ろに上がって、口から出ない音は、
かの有名なる「濃音」という発音法なのですが。

お話は変わって、現在の韓流ブームの源流である黒田福美さんは、その昔、韓国人の
バスケット選手に恋をして初めて会った時、
「サランヘ」(愛しています)とすぐおっしゃったそうです。

ウーン、激音、濃音はないけれど、最後が英語の「H」(キム トンハン先生がおっしゃった)
(そういえば字の形もハングル文字そっくり)の強い音の「エ」がついていますね。

一般に語学は、「耳の悪い人」には向かないとされています。私が今が3才児なら、見込みがあるでしょう。

将来、ソウルに行った時、にこにこ暮らせるように、けふも猫の額のような脳の畑に種をまき、何卒、宿根草になるようにと祈りつつ、ハングルを学んで(育てて)います。








# by grpspica | 2005-08-16 18:41 | グループスピカ | Comments(1)
2005年 08月 14日

残暑見舞い by 駱駝蛸彦

…あいかわらず「水」だ「川」だと、いつ仕事をしているのかと訝られながら暮らしています。周りからは「疲れているよ」とか「優先順位をつけて」とか、「本当にやりたいことをやれば」とか言われます。

6月は柳川・久留米・日田と北九州を、7月は豊田市、8月になって福井・大野・岐阜と駆け巡りながらニーチェを思い出し、マサコさんにご無沙汰していたことに気付きました。
ニーチェとの出会いと理解の深さではマサコさんにはおよびませんが、ツァラトゥストラに駱駝の話がありますね。
駱駝は常に、「自分とは無関係な」重荷を積極的かつ主体的に担おうとするが、しかしその重みに耐えかねて、逆に自らの主体性の喪失、つまりは自己喪失の危機に陥る。
自己発見の機は失われ、多くの隠された善意と力は決して誰からも理解されず…。






# by grpspica | 2005-08-14 16:59 | 音楽・哲学・宗教 | Comments(8)
2005年 08月 13日

ブログの保存方法   byモニカ

ペーパー版「海峡」と違って消えてしまうことがあると聞くブログ。
以前から保存については気になっていたけれど、
調べてみたらこんな所がありました。
夏休みにやってみますか?
それともノリコさんはもう何かやってますか?

ブログの保存方法







# by grpspica | 2005-08-13 01:00 | グループスピカ | Comments(1)
2005年 08月 12日

AWさま by マサコ

毎回、おもしろいお話をありがとう。1秒に21回の交信というのは、人間の頭脳の場合でも、天才だけという気がします。
良い料理のために必要なもの
1.材料の調達
2.材料の保管状態の記憶力(必要な時に取り出せる)
3.臭覚。これが最初に活躍する器官では?
4.味見は最後の決め手。私の場合、血管にいるとされるヘルペスNo.6の菌が、調理中に疲労のため唾液に出てくるのか、口の中が異常になり、ほとんど味見を避けるのです。
5.食べる人の個人情報。料理もピアノの調律も究極は、「その人の好みに合わせること」です。

私はむしろRFIQ氏にピアノを弾いて欲しいです。湿度に対するコントロールを耳で知って見たいところです。

日本は湿気がひどくて、発狂しそう。友人が面白そうな本や冊子を送ってくれなければ自殺していたでしょう。「パリ左岸のピアノ工房」はその内の1冊。

さてAW様はどんな音楽とお料理がお好きでしょうか?






# by grpspica | 2005-08-12 15:42 | blogの輪 | Comments(8)
2005年 08月 12日

未来からの手紙 by カレル・チャペック 平凡社刊

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エピローグ
カナダのヴァンクーヴァーから日本へ回航していた時に、わたしは船上で一人の小柄でしわだらけの男と知り合った。その人の名前を、もちろんわたしは聞き逃し、白人だったか中国人だったか、またはどんな職業だったかもわからない。その人とはある夜一度話しただけだったから。

「人間の政治とは不思議なものです」とその人はわたしに言った。
「尊敬すべきあなたさま、ご注意下さい。自分の関係する政治ほど、人々が情熱的に執着するものはありません。

政治的理想のために、戦争や革命が遂行されます。
政治のために人々は死におもむく、あるいは少なくとも他人を死に送りこむ。
政治のために諸国民は互いに憎み合うし、国民の内部では諸政党が憎み合います。
汝の隣人を愛せ、しかれども、他の政党に属するならばその人を蹴とばせ。

人々は宗教のために人を殺してきましたが、それは宗教が政治となった場合にかぎります。右手を使うべきか左手にすべきかを政治的問題にしてごらんなさい、人々は顔を合わせると咬みつくように議論をするでしょう。この点から見て人々は、政治を生死をかけるほど重視していて、人々にとってその政治的理想ほど重要なものはないということができるでしょう」

「おそらく」とわたしは言った。「そんなふうに受け取ることができるでしょうね」

「そこでご注意いただきたい」老人は話を続けた。

「このような政治的人間の大部分が信じているものを近くから観察すれば、それは「一方では物質的な成功への期待であり、一方ではさまざまな古いスローガン、よく理解できぬ言葉、きまり文句、偏見、そして少なからず公的な虚偽であることがおわかりでしょう。

人々が作りだすもので、自分の政治的意見ほどうすっぺらで盲目的なものはありません。自分のネクタイを選ぶ時のほうが、自分の政治的意見を選ぶ時よりもはるかに慎重です。乾いた葉巻を選ぼうとする時のほうが、熱狂的な支持者になろうとして政治的真理を点検する場合よりも、もっと精神を集中させます。

きっとあなたは、わたしが誇張しているとおっしゃりたいでしょうな」

「わたしがさまざまな国を見てきたかぎりでは」とわたしは言った。「政治的意見の選択はほんの小さなことにすぎません」

「よろしい」とその小柄な人は言った。
「その点に、政治のパラドックスがあるんですよ。つまり、政治の内部では、たいてい、熱烈な狂信と知的なだらしなさが手に手を取って進行しているということ、そしてそんなに行き当りばったりに、無批判に決定したことのために、人々がこんなにもかっかとなって争っているということです。あなたさまは、この現象をわたしに説明してくださいますか?」

「おそらくそれは」わたしは言った。
「われわれがなにか不安定で過渡的な時代に生きている、ということでしょう」

「人類は常に過渡的な時代に生きていたし、これからも生きるでしょう」老人は言い返した。
「でも、政治の秘密に関して言えば、それはほとんど別の問題のように見えます。おおよそ政治は、人間の中の悪しき部分を組織化することで生命を保っています。
つまり政治とは、人間の利己心、安逸、意地悪さ、嫌悪の要求、不寛容、怒りと嫉妬の感情、非自発性、暴力性、そのようなつまらぬことを利用することなのです。

それゆえ、政治は、人間の達成したことすべての中心にありながら、これほど原始的でなにか粗野なのです。
現在も、過去においてもけっしてその時代の学問・文化の水準には達したことがありません。
お聞きください」老人は突然言った。

「そのうちいつか、政治において、われわれ人間の内部にある理性的で効果的な、愛情に満ちた、丁重な、思いやりのある、そして献身的なものばかりを組織化する試みがなされたなら、その時は信じようが信じまいがー」

「ーその時は政治が文明の先頭を走ることになるでしょう」わたしは言った。

「そうです」老人は言った。「そしてなによりもまず、政治はそれ自身が持つ大衆的な魅力を失ってしまうでしょう」        (1930年)



チャペック先生、こんにちは! byマサコ



# by grpspica | 2005-08-12 11:13 | 音楽・哲学・宗教 | Comments(2)
2005年 08月 10日

戻っておいで路面電車 by増田正幸

 5月27日から6月4日まで,43号線道路公害訴訟弁護団の2回目の欧州視察に参加しました。一行は8名,当事務所からは私と佐伯弁護士が参加しました。

マルセイユ,モンペリエ,リヨン,パリとフランスを南北に縦断する旅でした。
行く先々に数百年あるいはもっと古い建造物がゴロゴロあって,美しい町並みと歴史と伝統の重みに圧倒されました。

TGVの車窓からの風景は一面の牧草地や葡萄畑でした。牛や馬以外に人の姿はほとんど見えず,まるで北海道のようです。フランスは有数の農業国でもありますが,自分たちが作った農産物や乳製品で暮らしていけるということが本当の豊かさにつながるのではないかと思いました。
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モンペリエやリヨンはフランスでは大都市です(リヨンは人口130万人でちょうど神戸市と同じくらい)。しかし,街にはガレージのない古い建物がひしめいています。

日本のように車が流入すればたちまち大渋滞になり,沿道の環境も悪化します。そこで,登場するのがトラム(路面電車)です。トラムは専用軌道を結構早い速度で走ります。トラムに何度乗り継いでも,バスや地下鉄と乗り継いでも200円以下という低料金で,車を使うよりはるかに便利です。
その上,デザインが素敵で,古い町並みとスマートなトラムとが見事に調和しています。便利で安くて格好よければみんなが喜んで利用する。障害者や老人にも使いやすいし環境にもやさしい。トラムは経済的な合理性をもった公共交通のあり方だとあらためて感じました。

今の季節は6時から22時ころまで昼間なのでクタクタでした。料理の量が多いので腹はいつもパンパンでしたが,大きな失敗もなく楽しい旅をすることができました。

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# by grpspica | 2005-08-10 13:16 | 命・平和・人権 | Comments(10)
2005年 08月 08日

宗教はラッキーゾーン by マサコ

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占星術によると、私のホロスコープは第9宮にジュピターがあります。
宗教・哲学・海外・法律に幸運があるとされているのですが、
残念なことにこの占いはよく当っています。
この4項目だけで、48年の私の人生をざっと説明出来るからで、
まるで4本の柱で支えられたギリシャの神殿のような人生図になりましょう。

法律といえば、
祖父が裁判官、姉が弁護士で、両者に経済的に並々ならぬお世話になってきました。
つまり、私の庇護者、パトロンは法律家なのです。

次に外国。
カナダのみのおつきあいですが、この国は日本人である私を心から受け入れ、
音楽教育を受けるチャンスを与えてくれました。カナダで暮らした7年がなければ、
世界に対して全く盲目であったといっても過言ではありません。

それから哲学。
これはもう「ニーチェ」にどんなに与えられたか知れません。
ニーチェ没後100年当たる20世紀最後の年に、今なおこの哲学者が理解されず、
人から愛されてもいない事実を知ることは悲しいことです。

音楽(グールド)と「ツァラトゥストラ」(ニーチェ)
シャーマニズム(私の人生)を三角形で結び、
それを図形につなげたシャーマンとしての恵まれた人生。
これを幸せといわずにして何を「幸せ」といえるのでしょうか?

さて、残るは宗教。
これは多少思い過ごしかも知れませんが、べラボーに強いです。
カトリックの祖父、プロテスタントの祖母。その2つの相違点を分析する母の考え、
独り言をよく聞かされた上に、幼稚園もプロテスタントとカトリック。
違いがよくわかる「少女のブレンド」。 

カトリックの小学校へあがると祖母のカトリックの「マリア信仰」や
「偶像崇拝」批判を、そのまま先生であるシスターの耳許へ内証話として伝える。
涙をこぼして笑うシスターは、「誰かお家でそんな話をしているのね」....。
早くから宗教をお笑いに変える才能があったのかも知れません。

シャーマンの宿命を生きてきた私と、
霊魂の憑衣・前生・先祖供養・霊能者を否定する教会とは相入れず、
17才の時にキリスト教とお別れすることになります。

そして私が20才の時に母が新興宗教の教祖に引っ掛かってしまいました。
それに従い、子供の私も新興宗教の洗脳を受ける人生が始まって、集中力、労力、
金銭、時間、信頼など、人生における貴重なものをかなり奪われました。
そこには教祖以外に
「宇宙人と会って宇宙円盤に招かれ、どこそこの星に行って来た」
という霊能者がいて、その霊能者(ではカッコ悪いので教団では講師と読んでいた)の個人指導
(大勢で押しかけると洗脳されていない人がイチャモンを付けたりする恐れがあるので1対1の面談であった)を受けました。

私「昭和47年に父が亡くなったのですが、私の父は今、
  霊界(「あちら」というのが通の言葉)でどうしていますか?」
A「あんたのお父さん、何していた人?」
私「カガクシャです」 
霊能者、目をつぶって「フムフム」と統一する。
ここで目をつぶるところがポイント。
いかにも瞼に裏に何か見えていそうにすること。

霊能者「あのね。この世と同じ位の明るさの所で、もっといい所もあるんですがね、
 カガクの研究をなさっておられます」
 ・・・・・・。

当時は
「あのぅ、カガクって、理科の科学と、化け学があるんですが、
どちらの研究でしょうか?」とか
「実はですね。父は、本当はお菓子やさんだったのですが......」
なんてセリフが巡る頭ではない。
何せ「聖地」と呼ばれる(自分達がいうだけ)お山で、
「道場にいるだけで浄まる」ことになっている部屋で、
いいカモになっていることに気づかない「私」がいただけ。

相手もプロ。
帰りに「お会計」が「それでは1万円いただきます」ということは敢えてしない。
代わりに「感謝は光」という教祖の言葉につられて人が落とし物をして行くように、
ちゃんとさりげなく、堂々と「感謝箱」なるお布施入れが置いてある。

『トイレも使わせていただいたし、こうやって掃除の人も入っているし、
 経費かかるもんなぁ』
と思い、お礼のお金をしっかり置いてくる。
いえいえ、掃除は信者の奉仕、お金は一銭もかからない仕組みです。
人々を有り難がらせて労力を差し出させるのは教団の腕の見せ所。
庭に出ると信者たちが、ただの水道の水を「ご神水」といって水筒に詰めている。
売店では、もっともらしく教祖グッズが売られている。

今にして思えば「サギ」を絵に描いたような状態。
しかし、この教団とも約20年もご縁がありました。
だから、それなりに良いところがあったのか、
神様のお考えで私が体験すべきものがあったのでしょうね。

これに加えて27才の時から、もう1つの日本の大手の宗教産業(シャーマニズムを利用する)にもご縁がありました。

ある本によると、今、日本の宗教人口は実際の日本人の数の2倍あるそうですが、
さもありなん。
教団が見栄のために実際の信者数よりかなり多く発表していることもあるでしょうが、
私のように2つ掛け持ちしている人がいるからでしょう。

でもこの経験のお陰で、宗教に興味を持つ人とはトコトンお話ができるし、
宗教についての書物もかなり良く理解できて楽しいです。

最後に、マハトマ・ガンディの「人間の数だけ、宗教があっていい」という言葉と、
阿刀田高さんの「新約聖書を知っていますか?」で幼稚園の時から唱えさせられた呪文
「メデタシセイチョウミチミテルマリア、御身は女の内にて祝せられ、
ご胎内の御子、イエズスも祝せられたもう」
のうっぷんが晴れたこと。

シャーマニズムと宗教を小説を通して知りたければ「遠藤周作」さんが素晴らしいこと。
宗教は人間の作ったもので、本来の所からはすでにずれた状態にあること。
神様とは人間に自己を認めさせようとしない所に存在意義があるというのが私の宗教観、
神観であることをお伝えして、この楽しい宗教、ラッキーゾーンからのお別れの言葉と致します。







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# by grpspica | 2005-08-08 00:43 | 音楽・哲学・宗教 | Comments(16)
2005年 08月 07日

爆弾と花火  by モニカ

カウントダウンのコメントにある.
.....マサコさんがポツリ
「イラクの子どもたちはこんな花火見たことあるかしら?」
「同じ火薬を使って爆弾と花火ができる。花火を見れば幸せになれるのに」
と思ったノリコ...........

それに反応したかのような日曜日の朝でした。
何かというと.........『不発弾処理』

朝から町内放送と広報車、2つの拡声器から同時に聞こえる緊急っぽい声。
声が重なって何をいってるかわからない。うるさい事この上なし。
どうやら、『不発弾処理』するから避難せよいってるらしい。
ムムム、....テレビニュースでは時々見るけれど、、わが町でも......!!

幸い我が家ははずれていたから
誰も追い出し(呼び出し?)に来なかったけれど........
指定された地区の人は家を離れるように強制されてたらしい。
でも避難場所とされる小学校にはエアコンも入っていない。
この暑い中3、4時間、高齢者が過ごすのは無理だということで
バスを出して、エアコンの施設に避難してもらったとか。

国道も通行止めで、いろんな所で渋滞が発生。

60年前の戦争の後始末。
地雷にしても、大変な労力を使って後始末をしている。

戦争は物を破壊し、人を破壊し、いいことは何もない。

ほんと、
『人を物を壊す爆弾でなくて、みんなで楽しめる花火を下さい』
心からそう思います。

個人的には今年まだ1つも花火を見ていないモニカです。






# by grpspica | 2005-08-07 15:57 | 命・平和・人権 | Comments(3)
2005年 08月 07日

これが花火 byノリコ

みなとこうべ花火大会の花火です。
一番きれいな時にシャッターを押すと、ややあとの写真が撮れるようです。
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# by grpspica | 2005-08-07 14:50 | グループスピカ | Comments(4)
2005年 08月 04日

ぷっこちゅ さま byマサコ

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調停委員が公権力を行使?

マサコさんから原稿が届きました。さて、どこに書込んだらいいかしら。
困ったモニカは、久し振りのトラックバックに挑戦してみることにしました。
さてうまく行くか。いくはずだよね。

******
ぷっこちゅ さま  マサコです。
M幸園は苗が生き生きしていて、朝顔もすぐ咲くし、
バラも丈夫なようです。
こんなに料理や園芸のお話が出ると、何を足していいのかわからなくなるので、
大好きなジャンルだけどパス。
ただ今、黒田福美さんのすばらしい本を読んでいます。
静かな文章で、読みやすい。
現在、朝6時20分。7時5分からハングル講座が始まります。

ここでちょっとクイズ。
かつて国際都市トロント(カナダ)で7年暮らした時、私の事を批評した人々の言葉を記しますので、その批評をした人の民族名または国名を下にあげてあるものから当て下さい。
  1.「日本人らしくない」
  2.「バッハが下手」
  3.「アイロンが下手」
  4.「お金のことを考えていない」
  5.「歯列矯正に失敗している」  
  6.「ショパンが弾けていない」 
  7.「まるちりんがるじゃない」
 国&民族名   大和民族、ゲルマン民族、フランス人、
         中国人、ポーランド人、アメリカ人、
         インド・アーリア人、スイス人 (余りあり)

ハン民族は昔から憧れの民族でした。
しかし、日本の大きな不幸のひとつだと思いますが、
日本に定住している人たちがいる事を長い間知りませんでした。
歴史を知ると日本に「戦後」という言葉はなく、
「戦前」を生きていると思いました。
私自身の心はおよそ平和主義者とは言えませんが.......。

マサコの願いーーー
「在日は輝いて欲しい。
 その輝きがわかる位に、日本人の目と心が澄んでいて欲しい。
 新しい社会のために」 





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# by grpspica | 2005-08-04 16:20 | blogの輪 | Comments(4)
2005年 08月 03日

ぷっこちゅの気まま部屋様 by ノリコ

調停委員が公権力を行使?

ご指導の方法でやっとTBできました。
以前は何度かうまくいっていたのですが、久しぶりにしようとすると・・・いつもひと苦労です。
デジカメの写真をアップしようとするたびに苦労するのと同じように。

梁英子弁護士は、頼りになる尊敬すべき後輩です。調停委員になれば、いい仕事をなさると思います。
ご承知のように、調停委員は、どちらの味方というわけではないのですが、人間にはいろいろなバックグラウンドがあるから、それを共通にできる人とは話が早く分かり合えるでしょう。
いろいろな国籍の調停委員がいた方がいいと私も思います。

あなたのブログも結構盛り沢山ですね。
興味深いテーマもありますので、ゆっくり回ってる時間があるときに拝見しましょう。

同じ神戸にいる(これって正しい?)から、お目にかかる機会もあるかもしれません。
そのときは声をかけてね。






# by grpspica | 2005-08-03 14:51 | blogの輪 | Comments(7)
2005年 08月 02日

カウントダウン はなび by ノリコ

8月の初日は月曜日、目が覚めたら腰痛だった。
腰が痛いと言う理由で三宮往復をタクシーにした。

お昼は留学生とのランチ。
オワフ島帰りのY弁護士のおみやげをめぐってじゃんけんぽん。
グー・チョキ・パーはチュニジアにはないとラビさんが言う。

いつも遅く来て早く帰るN弁護士
 「はなび」 の座席券が2枚あるのだけれど・・・と切り出す。

えっ、花火ですって?
幸い留学生はG弁護士のところの盆踊りに招かれている。

というわけで8月6日夜の「みなとこうべ海上花火大会」
の座席券が回ってきた。

たくさん寄付をした協賛会社に非売品として協賛席が与えられるようだ。
新港第1突堤の先端には20×120=240人分。
もちろんむき出しのコンクリートだけだろう。
さて困った、スピカは3人。1枚はもちろん私だから・・・。







# by grpspica | 2005-08-02 12:41 | グループスピカ | Comments(9)
2005年 07月 30日

暑中お見舞い   byノリコ

マサコのお友達 もぐちゃんから
「暑さもあともう少し。水分と睡眠をたくさんとってね」
接写がまだできないので、少々ピンボケ。
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# by grpspica | 2005-07-30 19:17 | グループスピカ | Comments(10)
2005年 07月 30日

池澤夏樹さんのメルマガ  by モニカ & ノリコ

「異国の客」は、現在、フランスに住んでおられる作家の池澤夏樹さんから月に3通くらい送られて来るメールマガジンです。
彼の豊かな感性で綴られる内容豊かな文章に感動しては個人的に紹介していましたが、ここに改めて紹介させていただきます。
「ドンナンかな?」と思われる方は下記アドレスをクリックして下さい。
1号から全部読めます。
異国の客
http://www.impala.jp/ikoku/

時事、生活、歴史.....そのどれもが深い洞察をもって書かれていて、心を耕してくれます。
(「異国の客」は『すばる』(集英社)に同時連載もされています)

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これが池澤さんが「異国の客」でとりあげたイラクで拘束されたフランス人ジャーナリストのフロランスとイラク人助手のフセインです。
フランスではこんな風にしてその救出を祈っていました。ノリコ







# by grpspica | 2005-07-30 09:16 | グループスピカ | Comments(7)
2005年 07月 29日

ママの命日  by モニカ

今日、7月28日はママのの命日。25回目
でも日付け超えちゃった。
パパと違って、いろいろな思い出が一杯のママ。
ママの子供で幸せだったな、と思うことがたくさんあって
1つ1つ書けない。
「来世もママの子供として生まれたい」と思い、
日々の生活を振り返る。
神様から許可もらえるかなぁ。
ちょっと自信ない。






# by grpspica | 2005-07-29 01:40 | memorial day | Comments(2)
2005年 07月 28日

パパのたんじょうび  by モニカ

きょう(7月27日)はおとうさんのたんじょうびです。
おとうさんは1909年7月のきょう、生まれました。
生きていれば96才です。
62才で亡くなりました。
あれから34年も過ぎたんだ。

一緒にいた頃はお互いによくわかりあえないことが多く、
困ったことが沢山あったけれど、
離れてみると、スケールの大きな人というのか、
今思い出すと、なかなかに面白い人だった。

南国台湾で生まれ、引き上げるまで台北にいたから
暑い時の服装はお手のもの。
最近流行りの「クールビズ」なんて、メじゃない。
60年近く前からやってたんだよ。

開襟シャツに下駄履き、そして大きな日傘をさして悠々とご出勤。
「暑い夏には開襟シャツが一番」
「下駄履きは涼しくて、水虫にいい」
大学という職場だったから、そんなスタイルでも勤められたんでしょうね。

その後ろ姿は今もアルバムのどこかに残っているはず。
出て来たらアップしよう。
写真からでもブログにアップ出来るのかな....

アッ、送信し遅れた!!  
翌日になっちゃった。







# by grpspica | 2005-07-28 00:01 | Happy Birthday | Comments(2)
2005年 07月 26日

小冊子紹介「カスチョール」 byマサコ

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「カスチョール」は、田中泰子先生グループが作っていらっしゃるロシア関係の文学芸術雑誌です。児童文学中心で、絵本のイラストや挿し絵、美術関係者の様子も手に取るように紹介されています。

2005年3月に出版された最新号22号の圧巻は、ロシアのアニメーション作家、ユーリィ・ノルシュテイン氏が「カスチョール」のために行った講義。
ピカソから芭蕉、広重の作品を例に取りつつ、「空間を物質化」する事、ついで子供の発言を織り交ぜながら、芸術の世界の「饗宴」をジョージ・ブラックの絵で解説。続いてロシアの紡ぎ板に描かれた絵。そしてようやく自身の作品についての説明で、中味が濃いこと、この上なし。
この部分だけでも立派な小さな本になります。
絵本一つ一つも実に細やかに紹介された、盛り沢山な「カスチョール」。
22号は、美しいカラーページも沢山です。
という訳で、ぜひ、お手に取ってみて下さいね。

   定価 700円+送料
   連絡先  FAX 075ー253ー6583
   「カスチョール」の会 HP http://www.terra.dti.ne.jp/~rarara/
「カスチョール」の会 

(最新22号はまだトップにアップされていませんが、目次一覧はバックナンバーに入っています。「TOPIC」の「雑誌カスチョール」をクリック→出て来た画面の左端バックナンバー20号をクリック→出て来た画面を上にスクロールすると21号と22号の目次一覧出て来ます)






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# by grpspica | 2005-07-26 09:49 | 本の感想など | Comments(0)
2005年 07月 21日

連れて行った者の責任 明石花火大会歩道橋事故について by ノリコ

「連れて行ったものの責任」について

  佐藤弁護士の上記投稿には全面的に賛成します。
  みなさん、是非読んで下さいね。

  連れて行った親は、想像もしていなかった事故に遭遇し、「どうしてあのときあそこに連れて行ったのか」と悔やんでも悔やみきれない気持です。
花火大会に行かなかった家族や親戚からさえも、そのような目でみられて悲しい思いをしているのです。

  小学生も高学年となれば、親が連れて行かなくとも花火を見るため、あるいは夜店で遊びたくて出かけるでしょう。その場合も、「そんなところに行った者が悪い」というのでしょうか。
  そんな所といっても明石「市民」夏まつりですよ
  か弱い女や老人・こどもは「市民」にはか含まれないのでしょうか。
  そんなアホなことはありません。

  刑事判決も民事判決も、連れて行った者にはなんら責められる点がないことを認めてくれました。それだけでも原告団のみなさまが裁判を起こした甲斐があったと思います。
  でもいくら判決が親は悪くないといっても、だからといって親の気持が晴れることはないという事実は重い。

  悪いことには悪いという勇気は確かに必要ですが、人の言動を責める場合には、もしも自分がそのような立場であったらどうしたか、どう考えたかという観点から物事を判断したいものですね。






# by grpspica | 2005-07-21 11:54 | 命・平和・人権 | Comments(5)
2005年 07月 16日

オピニオン by 金 明石(きむみょんそく)

私が地方参政権を欲しいのは
わずかな年金もない在日のお年寄りが
愚痴も言わず一人ひっそり暮らしているのを
日本の社会が見て見ぬふりできないようにしたいから

在日の子供たちが自らの出自を隠しその発覚を恐れ
まるで幽霊のように周りの人たちから認められていないことが
在日社会や本国政府の責任なのではなく
日本社会こそが解決しなければならない問題として
日本社会に自覚させたいから

私が地方参政権を欲しいのは
とくに福祉と教育について
自分たちの意見を政治に反映させ
在日のお年寄りにも福祉の暖かい手が届くように
在日の子供たちにアイデンティティーを確かめる教育と
民族共生のための教育が受けられるようにしたいから

私たち在日が見える存在になり
無視できない存在となり
そして認められる存在になるためには
日本社会において
まさに市民権を得ることが必要なのではないでしょうか?






# by grpspica | 2005-07-16 10:44 | 命・平和・人権 | Comments(0)
2005年 07月 14日

外国人は裁判所の調停委員になれないの? by 永田 徹

登場人物
:原 野里子 ドルシネア姫と呼ばれる麗しい女性弁護士
ホーテ:永田 徹  ドンキホーテを気取っている偏固な弁護士
サンチョ:永井 光弘 永田の事務所にいる若手弁護士、実は姫のアッシー君
梁 英子(ヤン・ヨンジャ):永田の事務所にいた女性弁護士、兵庫県弁護士会が家庭裁判所の調停委員に推薦したが、辞退するよう家庭裁判所から頼まれた。

姫 ちょっと、ちょっと、おたくにいた梁さん、家庭裁判所の調停委員になることを拒否されたそうよ。

ホーテ 姫様、はしたないですぞ。もっと優雅に振る舞って下さい。

 そんな場合じゃないでしょ。あなたのところの梁さんの問題ですよ。

ホーテ でも、なんで梁が調停委員になれないのでありますか。彼女は、人格見識とも十分にあり、弁護士の世界では拙者とは較べものにならないほど評判の良い御仁でありますのに。

 日本国籍がないからですって。

ホーテ 確かに、彼女は韓国籍の三世だけど、法律にそういう規定はありましたかな。おい、サンチョ、調べてくれ。

サンチョ ・・・調べましたが、その様な規定はありません。

ホーテ ないのに何であかんのんや。

 なんでも公権力を行使する公務員には、日本国籍がないとだめという理屈になってるそうよ。

サンチョ その根拠には、国民主権があるそうです。

ホーテ 選ぶのは国民や、というのは分かるけど、誰を選ぼうと勝手やないか。立派な人なら、国籍はあまり関係ないのとちゃうか。
  ほら、日産のゴーンさんや、ソニーのあれ、なんと言ったっけ。最高権力者に外国人がなっているけど、みんな当然だと思っているよ。

サンチョ あの、それは私企業で、国や自治体とは違うんですが。

ホーテ あのなあ、あれだけ重要な会社の責任者に外国人がなる時代に、あるのかどうかわからん様な公権力があるというだけで外国人がそれをやるのを、国民が拒否するような時代かって言ってるんや。
  そりゃ、訳のわからん外国人はあかんけど、訳のわからん日本人かておるやろ。立派な人なら、日本人でも外国人でもいいんとちがうか。

 そうすると、誰を選んでも良いというわけ。

ホーテ 大事なのは、選ぶ手続きが民主的で透明なことやな。今は、昔のように密室で誰がどう選んだかわからん間に決めていた時代と違うんや。もし、そこが不透明なら、不透明な方を改めればいいんや。
  あとは、選んだ後も、その公権力とやらを濫用することがないよう、きちんとチェックすることやな。

 ふーん、たまにはいいことを言うじゃない。

ホーテ ハハッ、姫様お褒めにあずかりまして、ありがたき幸せでありまする。じゃ、いくぞ、サンチョ、ロバを引け。

サンチョ あのー、これから姫様を車でお送りすることになっていますので。歩いてお帰り下さい。

 悪いわね、ホホホ。

ホーテ ・・・。





# by grpspica | 2005-07-14 12:17 | 命・平和・人権 | Comments(9)
2005年 07月 07日

Japan and Korea by Masako HARA

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 Today I'm going to talk about the original reasons why our sad history between Japan and Korea began.
 I'd like to help building up our new era between the two countries.

 What do you have in your mind about Korea ?
 Do you have positive impressions or negative ones ?
 I myself used not to be caught up in Korean culture and the language itself nor to take a big fancy to Korea.
 As soon as I knew about Koreana last November, I've focused my attention on Japanese history.

 According to Professor Tatehiko Hayasi at Tokai University, the reason why we've looked down on Koreans has its deep root from ancient time.

 There was a battle between the Allied forces of Shiragi and Kudara.  Kudara was supported by Japanese in Korea but Kudara was lost in battle at Hakusukinoue in 663.

 Then a lot of people in Kudara emigrated to Japan.
 Nearly all of them were well-educated and cultured, so some of them worked as members of Imperial Court.

 In 682, Emperor Temmu ordered his men to write a book on Japanese history which is later called NIHON SHOKI.
 It took around 40 years for them to finish their work in720.  During that time many people from Kudara and theirdecendants participated in editing and in writing the book.
 There they put feeling of retaliation on Shiragi.

 Many pieces of evidence tells us clearly that "NIHON SHOKI"
was written by Kudara people in Japan.
 First thing is that they used Kanji which have many strokes in Chinese characters.
 Secondly, the sentences were highly stylized by their way compared with another official histry book "KOJIKI" completed in 712.
 The hatred of Kudara people was concentrated only towardShiragi in the beginning, but later when Japanese read NIHON SHOKI, they felt animosity toward the whole Korean people.
 Kudara people really paid off their old deep-seated grudge in NIHON SHOKI.

 In the Edo period the infiltration of dispising Korea reached common people's level through scholars of ancient Japanese thought and culture and of Shinto which is Japanese original religion.

 In Meiji period, Japanese had inferiority complex about Western countries and its cultures.
 It was so natural for Japanese (Asians) to ignore the nationalism of Korea and mistreated Korean people so that Japanese feel much more secure and greater.

 I've told you some reasons why our sad history started.
Last but no the least, the most important thing is that it hasn't ended yet.

          Thank you for listening to my speech.




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# by grpspica | 2005-07-07 09:50 | 命・平和・人権 | Comments(2)
2005年 07月 07日

Koreana 1991.1.10 by Masako HARA

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Young Korean Women Hunted as Sexual Slaves of
    Imperial Japanese Army in the Killing Feilds
       during World War Ⅱ

  I'm sure all of you have known the historical facts about Koreana, because I've given you some leaflets already.
 The problems are that our goverment has still been trying to hide these facts, and it seems to me that Japanese will never try to look into this problem or appologize to Korean people.

 I strongly urge our government to bring out our sin in the Diet and prepare compensation to those victims and their families ; moreover to take up this issue in highschool students' schoolbooks and tell them what we've done to people in Korea forever.

 I myself have already received some disagreements with my opinion from Japanese people. I'm going to tell you.

  1) During wars anybody can be brutal and cruel.
    It's not only Koreana that are raped by soldiers.


   My opinion :
     Yes, it happens everywhere, especially in war time. But who hunted them so widely from schools and factories and fields ? 
Who organized them to that service and to send them to deaths ?
     I know Japanese women were raped in colonies after the war. But we were the ones who invaded their countries first.
     Why Japanese Army didn't hunt Japanese women at random to comfort our own Japanese soldiers ?
     (There were some Japanese women who had been professionals.)

  2) I don't think we should admit this fact because once we will applogize to Korea, a lot of money will have to be paid. The reason why I don't want to pay money is that this kind of money will never be received by people who really suffered. Big money are always taken by politicians and entrepreneurs.

   My suggestions :
    Why don't they put “ Koreana Scholarship " in universities under the guidance of people who have been so sincere to care about Koreana ? We must pay some money to show our feelings to Korea.
    By the way, many Korean People were forced to come to Japan during the war and to work as slaves in minings and so on. After the war some people couldn't go back to Korea. 
There are about 680,000 Korean people in Japan, including Japanese-
born Korean now. And according to NHK television 35% of them are over the age of 65.
  Believe it or not, all of those elderly people can't get pension at all. What do you think of this recent fact in Japan ? I'd like to know what makes us treat them so unfairly.
 In my opinion, Japanese laws regarding pension should be revised immediately, unless we take responsibility for Koreana.

  3) Look at Hiroshima and Nagasaki ! Has the United  States paid any money to Japan or said an official apology to Japan? Koreanas are not only the victims of the war.

  My opinion :
   I think receiving atomic bombs were horrible,too. In my point of view, these facts are well-known all over the globe and for 45 years official ceremonies have been held in places constantly.
 Many people have been concerned and even in a foregin city like Toronto, where I lived for seven years, has a torch, which will never be extinguished in front of the City Hall so as to console the victims of the atomic bombs.

  How many peole have known about Koreana all around the world ?
 It is always so natural for us to be shut up if we are being sexually abused or molested ? Isn't it because we are just women ?


                         


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# by grpspica | 2005-07-07 09:48 | 命・平和・人権 | Comments(1)