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by grpspica | 2016-10-13 21:45 | グループスピカ | Comments(0)
2016年 10月 04日

グールド没後34年”I was born to love you” by Queen

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           写真はwikipedia掲載画像から photo by Manfred Heyde


グールド没後34年に捧げる歌です。

”I was born to love you” by Queen

I was born to love you
With every single beat of my heart
Yes, I was born to take care of you, ha
Every single day
Alright, hey hey
I was born to love you
With every single beat of my heart
Yes, I was born to take care of you
Every single day of my life
You are the one for me
I am the man for you
You we're made for me
You're my ecstasy
If I was given every opportunity
I'd kill for your love
So take a chance with me
Let me romance with you
I'm caught in a dream
And my dream's come true
So hard to believe
This is happening to me
An amazing feeling
Comin' through
I was born to love you
With every single beat of my heart
Yes, I was born to take care of you, honey
Every single day of my life
I wanna love you
I love every little thing about you
I wanna…

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

http://lyrics.linkpalette.com/queen-lyrics-2.php
http://stimaro.blog35.fc2.com/blog-entry-20.html(同訳)

君を愛するためにぼくは生まれた
鼓動が刻む一瞬一瞬
君を守るためにぼくは生まれた
来る日も来る日もずっと・・・

君を愛するためにぼくは生まれた
鼓動が刻む一瞬一瞬
君を守るためにぼくは生まれた
鼓動が刻む一瞬一瞬

ぼくには君しかいない
ぼくは君のものだ
君はぼくのために生まれた
君はエクスタシーそのもの
君のためなら
どんなことも厭わない
賭けてみないか
ぼくとのロマンスに
夢の中に囚われて
その夢が今叶えられた
信じられない
これが現実だなんて
かつてない感動が
今訪れる

君を愛するためにぼくは生まれた
鼓動が刻む一瞬一瞬
君を守るために
ぼくは生まれた
来る日も来る日もずっと・・・

君を愛したい
どんな小さなことも
愛して、愛し抜きたい
君を愛するために
生まれてきたんだ
そうさ
君を愛するために
ぼくは生まれた
来る日も来る日もずっと
君を守るためにぼくは生まれた
鼓動が刻む一瞬一瞬

かつてない感動が
今訪れる
君を愛するためにぼくは生まれた
来る日も来る日もずっと
そうさ君を愛するためにぼくは生まれた
鼓動が刻む一瞬一瞬

君を愛している
そうさ君を愛するためにぼくは生まれた
そうさ君を愛するためにぼくは生まれた
愛したい、君を愛したい
君を愛したい
これは魔法
寂しくてたまらないんだ
愛して、愛し抜きたい
君の愛をぼくにおくれ




〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

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by grpspica | 2016-10-04 00:00 | memorial day | Comments(0)
2016年 09月 26日

グールドのお誕生日に by M&マサコ

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マサコのつぶやき

  今年は9月25日にたどり着くのが、 なかなかでした。
  もう1年という時の速さを感じなかったので。
  来年、贈る 歌の候補はその日のうちに見つかってしまいました。
  いつも思うのですけど 日本にグールドファンはいないような気がする。


Mさんからの返信。

  そんなことはありません。
  日本はグールドファン(およびフルトベングラーファン)が多い国です。
  世界中のグールドファンを繋げているメーリングリストですら、
  盛り上がりはイマイチです。

  今、漸くメールが入ってきました。

  "Discussion of the Canadian pianist Glenn Gould."

Hello y’all

It is that day of the year again. It was rather quiet in Gouldland and also on f_minor.....summer is almost over, rain and fog will creep into our minds soon. Time for reflections.

Glenn Gould would have celebrated his 84th today. I wonder what he would make of Youtube, music streaming services, the decline of the music industry and the re-invetion of the artist as a live musician and DIY operator or David Cope’s EMI software or how we consume music in general. But he will not, never again. Bloody flaming prescription pills.

I bring gifts anyway.
  Sokolov Bach The Art of Fugue BWV 1080

I have a feeling that this enigmatic old buzzard and Mr. Gould would have been on the same wavelenght for some reason. They don’t come off the factory floor like that anymore nowadays.....

Pat

  みんな、元気?

  また一年が巡ってきました。
  グールディアンもメーリングリストも静かでしたね。
  ようやく夏も終わり、雨や霧が迫ってきて、物を思い返す季節になりました。

  グールドの84回目の誕生日おめでとう。
  彼がyoutubeを見たら、いったいどう利用したでしょう! 
  音楽を垂れ流し、音楽産業を斜陽に導き、
  音楽芸術家を単なるライブ演奏家に作り変え、
  Do it youself 型で、デビット・コープが作ったEMIソフトのように、
  私たちと音楽の関係を一変させたyoutubeを見たら、
  彼ならどうしたでしょう。処方箋なんかないわよね。

  ともかく贈り物よ
  ソコロフのフーガの技法 BWV 1080

  ソコロフのオヤジ野郎とグールドって、
  何か波長が合ったんじゃないかって思うの。
  いずれにしても常人離れしているわ







by grpspica | 2016-09-26 19:06 | グループスピカ | Comments(0)
2016年 09月 25日

グールド生誕84年に寄せて byマサコ 



毎年、どんな詩を選ぶか、探すのが楽しみです。
今年は、ブロードウェイ・ミュージカルの「Funny Face」のために
ガーシュイン兄弟が作詞作曲した「 'S Wonderful 」の曲を捧げます。

歌はアニタ・オディで聞いてください。

詳しくはこのサイトで。
美術館巡りと古都散策、Jazz & Bossa など・・

オードリ・ヘップバーンも歌っています。
ラストシーンでは、オードリのスカート丈の短いウェディングドレスが素敵ですね。



   ~ 'S Wonderful ~

  words by Ira Gershwin
  music by George Gershwin 1927年

<歌詞>

 'S wonderful! 'S marvelous!
 You should care for me!
 'S awfully nice! 'S paradise!
 'S what I love to see!

 You've made my life so glamorous
 You can't blame me for feeling amorous.
 'S wonderful! 'S marvelous!
 That you should care for me!

 My dear, it's four-leaf clover time
 From now on my heart's working overtime.
 'S wonderful! 'S marvelous !
 That you should care for me!









〜〜〜〜〜〜〜







by grpspica | 2016-09-25 00:00 | Happy Birthday | Comments(0)
2016年 08月 09日

8月9日 長崎原爆の日に  byマサコ

グレン・グールドはメンデルスゾーンの無言歌から5曲を残しています。
op19-1 甘い思い出
op19-2 後 悔
op30-3 慰 め
op85-2 別 れ
op85-5 帰 還

あまりロマン派を演奏していないので、珍しい録音です。
その中から2曲、youtubeで見つけました。


Songs without words 1 (甘い思い出 op19-1)


Songs without words 2 (慰め op30-3)



そこの 大好きなグレーのシャツを着て ピアノを弾いてらっしゃる世にも可愛い坊やへ

お元気でいらっしゃいますか。
この世の中の有り様をどうご覧になっていらっしゃることでしょう。
アメリカが広島と長崎に原爆を落としてから71年経ちました。
こうやって退屈しのぎに勝手に喋ってるともしもあなたが生きてらっしゃったら、
お気に入りのファンのサイトに出かけて 長々とお話しなさったかもと 考えることがあります。

おかげさまで あなたの年より14年も長く 生き延びているようです。
昔はやけっぱちで 早く死にたいといつも思っていましたけど、
この頃は諦めたのか観念したのか、
そんなこと考えても無駄だとわかったように生きております。

あなたはこの世の中に生きてらっしゃるなくて良かったと思います。
それとも気を揉んでいらっしゃるでしょうか。

かつて動物の世界からも人間界からも 助けて助けての声を 聞いていらっしゃったと思います。
ご自分一人がのんびりと暮らせるようなタイプの方ではなかったですね。

もしも仮にですよ、あなたがここで私に乗り移って英語をしゃべり出して、
それがみんな横文字で出たらどうなる??  面白いことでしょうね

今日の原爆の日は どうか私と共に祈ってください。

永遠なるあなたのファンまこより



by grpspica | 2016-08-09 11:02 | 音楽・哲学・宗教 | Comments(0)
2016年 06月 18日

千のなでしこ GG生誕84年&没後34年にあたって byマサコ

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      wikipedia掲載画像 photo by Manfred Heyde


ピエール・ド・ロンサール「カサンドラへのソネット」第29番「千のなでしこ」 (壺齋散人訳)

  千のなでしこ 千のユリを抱きしめよう
  両腕をしっかりとからませながら
  蔓のツルが木の枝を
  抱きしめるよりもっと強く

  もう憂いに沈んだ顔は見せまい
  喜びにあふれた顔を見せよう
  日向よりも日陰を愛そう
  それもみな あなたを思ってのことなのだ

  あなたの後を追いかけて空を飛ぼう
  でもあなたの後姿がわたしの眼を欺き
  わたしの喜びを妨げることもある

  あなたはわたしの幸福のさなかで逃げていく
  虚空の中に消えていく稲妻のように
  風に吹き払われる雲のように

Si mille oeillets, si mille liz j'embrasse
Pierre de Ronsard

  Si mille oeillets, si mille liz j'embrasse,
  Entortillant mes bras tout a l'entour,
  Plus fort qu'un cep, qui d'un amoureux tour
  La branche aimee, en mille plis enlasse :

  Si le soucy ne jaunist plus ma face,
  Si le plaisir fait en moy son le jour,
  Si j'aime mieux les Ombres que le jour ,
  Songe divin, ce bien vient de ta grace.

  Suyvant ton vol je volerois aux cieux :
  Mais son portrait qui me trompe les yeux,
  Fraude tousjours ma joye entre-rompue.

  Puis tu me fuis au milieu de mon bien,
  Comme un eclair qui se finist en rien,
  Ou comme au vent s'evanouyt la nue.



by grpspica | 2016-06-18 21:34 | 音楽・哲学・宗教 | Comments(0)
2016年 05月 25日

もしもパルティータ#6が? byマサコ

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もしもゴルトベルク変奏曲のアリアがバッハの妻アンナ・マグダレーナ・バッハの作曲だとしたら、
私は、パルティータ#6も夫人の作曲のような気がする。
トッカータ・アルマンド・クーラント・サラバンド・エア・ガヴォット・ジーグ 
どれを取っても、他のパルティータに比べ、ゴルドベルク変奏曲のアリアに準ずる昇華された永遠性を感じる。
調性もト長調の平行短調であるホ短調。

今までにグールド以上の演奏を聴いた事がないし、弾く人も極めて少ない。
シンプルな生活を好んだグールドは、東洋ランの美しさ、激しい情熱でこの曲を弾き切っている。
特にクーラントの32連符は、仏教界の如来の指のようにしなやで、永遠の悟りのインスピレーションに溢れている。
グールド最愛のパルティータだった#6。
この世で唯一、バッハの音楽にあるドイツらしさではなく、東洋の神秘の心髄を奏でたグールドの真髄は、この曲の演奏に溢れる。

しかしサラバンドに、私のように世界中の酒場にいる男性の心情を強力に想像する者は、
サラバンドだけは、ひょっとして夫バッハの作曲かな?と思う。
バッハも酒場に行きたかったかも?
もしも酒場でのバッハということであれば、私はこのサラバンドをお薦めしたい。


〜〜〜〜〜〜〜
BS世界のドキュメンタリー選「ミセス・バッハ」
バッハの作品を作曲したのは、実は彼の妻だったのではないかという、音楽ファンの間ではよく知られた話の真偽を解明するため、古典音楽の研究家が筆跡鑑定や文書分析の専門家らと共に調査に乗り出す。バッハの2番目の妻アンナ・マクダレーナは声楽家であり、バッハ後期の作品の原譜には、彼女の署名がある。アンナはバッハの音楽に多大な貢献をしたものの、その功績は後世に語られることがなかった。果たしてその真実とは?

Mrs Bach Promo.mov(英語版)



Komponistin Frau Bach (ドイツ語版)



以前のパルティータ6番に関連した日記
パルティ−タNo.6

****
追 記 2017年5月27日

チアーニのパルティータ#6に寄せて byマサコ
  http://kaikyou.exblog.jp/23913449/


********************

by grpspica | 2016-05-25 00:00 | 音楽・哲学・宗教 | Comments(0)
2016年 05月 17日

the pink 典型・精華・極致 byマサコ

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家の植木に「イラガ」、その他の虫が付くので、何年も抜きたかったけど、次姉が言うことを聞いてくれなかった。バベ樫(馬目樫)の新芽にはアブラ虫の幼虫が好んでたかる。
この幼虫は必ず私の身体に入ってきて、噛み付くのだ。
その痛いこと、後々腫れて辛いこと。
しかし植木屋さんは「アブラ虫の幼虫に噛まれる話なんて聞いたこともない」と呆れていた。
去年、そのバベをようやく抜き、その跡地に970円で買っていた寄せ植えをそのまま移植した。
すると、ああ、なんということでしょう。
いくら頑張っても根付かなかったナデシコの花がようやく庭にも咲くようになった。
「カワラナデシコ」を愛していた母は他のナデシコも咲かせていたのに、私とは相性が悪い花だと諦めていたのだった。

  紅のつゆにあさひをうつしもて
     あたりまでてるなでしこの花
         ( 拾遺愚草上夏十首)
これは藤原定家の歌である。

小さな洗面器のような広がりで咲く撫子は、私の宝物。
その輝かしい色合いは、英語でただ「ピンク」という名と付けられている。
(dianthus, gillyflowerともいう)

グールドは私にとって光源氏と同じ。撫子はその墓に咲く私のシンボル花。
お墓のゴルドベルクアリアのプレートマンションに、沢山のGファンと押し合いへし合いで住む。
お墓参りに来た世界中のGファンがこぼす真実の涙に、その人にだけ見える撫子の花になって交流するのだ。

多分、グールドが感激して、その人を撫でに行ったら、パシャと手を叩くと思うけど......笑・涙?
叩くのはGの手だけです。


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by grpspica | 2016-05-17 11:22 | グループスピカ | Comments(0)
2016年 03月 27日

ト長調の思い出 byマサコ

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1988年の春、私は7年生活したトロントとの別れを惜しんでいた。
そんなある日、トロント交響楽団の定期演奏会で、
チャイコフスキーのピアノコンチェルト「ト長調」が演奏されることを知った。
「ト長調ですって?」と面食らった。
 ーーチャイコフスキーにト長調は似合わないわ。どうする気なの?

会の前にCNタワーに登ろう。
初めてCNタワーに登った時、サウスウッドの方角ばかり見ていた思い出の場所である。

天気上々のその日、いつものように一人で出かけた。
「グールドのトロント」のフィルムでグールドだって登ったCNタワーだ。
さて、どっちのエレベーターに乗っていたっけ。覚えていない...........。
一人も客のいないバーで、カクテルを頼むとこのカップで出てきた。
記念に日本へ持って帰ろう。

続いて、レストランへ。展望のために円形の窓際に合わせてテーブルが並んでいる。
さっきから、度々出会う初老のご夫婦が、揃ってレストランに入って来る。

男性客一人が1つ置いたテーブルに向き合って座ったと思ったら、背を向ける場所に座り直した。

 ーーあー、良かった。これで相手を気にせずに食事ができる。ーー
食事が終わって、ロイトンプソンホールへ歩き出すと、あらら、あのご夫婦も同じコースのよう。
「さっきからよく出会うわね。あなたもコンサートに行くの? 
 楽しんでね」
と夫人が声をかけてくださる。

さあ、いよいよト長調との出会いだ。
コンチェルトは、長くト長調に留まれず、あちこち動いて、落ち着きがない。
弾き終わったピアニストの退場の姿に、
「彼のレパートリーの1つかな? この曲で後何回、お呼びがかかるだろう?」と思う。
そして、「ピアニストは孤独だ」と思った。
私もそんな音楽生活をちょっぴり、トロントでして知っていたから。

それから5月2日に帰国。
例の如く、7月に出会った人に一目惚れ。未だに片思いを引きずっている。
後8年すると人生の半分、36年の値打ちものの片思い。
グールドより凄い。
姉と「Better than nothing」より とどのつまりは女性にとって夫なるものは、
「Nothing is best」と共に気勢を上げながらも、
夫によく愛されている妻の調性「ト長調」を未だにこよなく愛しているのだ。


チャイコフスキー: ピアノ協奏曲 第2番 ト長調 作品44 ギレリス / マゼール / ニュー・フィルハーモニア管弦楽団

https://www.youtube.com/watch?v=AnQQ6UtdZwo

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by grpspica | 2016-03-27 12:23 | 音楽・哲学・宗教 | Comments(1)
2015年 09月 25日

GG生誕83年・没後33年を迎えて ーーR.H.グールド宅訪問記

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1986年12月1日グールド家訪問

グールド家へのお土産には母なるフローレンスさん(グレンの実母)を賛えて大振りのカーネーションを買った。ちょうどまとめて沢山売っていたので、自分で包み直そうと思った。ハサミを借りる気もしないで手で折った花をおよそプレゼントには程遠い包みにして、いそいそとグールド家に向かった。

ベルを押すと長身の男性が現れた。
明朗で優しいつややかなおじ様だった。
「グレン・グールドも父親のラッセルさんも、人を一目見ていい人か悪い人か分かる才能があった」とヴェラ夫人はヤマハのインタビューアーに話しておられたけれど、グールド氏の柔らかな育むような視線は、苛めに耐える毎日を過ごす緊張の高い私の心には天女様のようだった。

グールド氏は、素晴しく大きな手で握手をして下さった。
佳いエネルギーが私の体に入って来た。
私は自分のヤッケを渡す時、その首の辺りの汚れが彼の目に入ったかと少し気になった。
そして応接間のソファーに腰を下ろすように勧めると、ご自分も私の隣に腰掛けられた。
「今日は寒いですね。これから雪が降ると思いますか?」とお天気の挨拶をなさった。
それからパリでのグールド展のパンフレットを見せて下さった。
そこにはシルエットそのままが1つの詩的な自己主張をしているかのようなグールドの若き日の写真があった。私は我を忘れて、その写真を見続けた。そして大きな声で唸ってしまった。
それ程にグールドの知性と利発さがファッション誌のようによく出ている写真だった。

「私は13歳の時に初めて、息子さんのレコードを聴きました。
  繊細で独自のインヴェンションとシンフォニア、
  フェニックスの羽のようにモダンでした」
「なるほど、気に入って下さったのですね」
「はい、もうそれから毎日、息子さんを想わない日はありませんでした」
グールド氏は頷いておられた。
「病気の日々を息子を思い、息子に支えられてカナダまでいらして、
  今は生き生きと音楽勉強に励んでおられるご様子。
  これぞ私と妻が『息子の音楽』に願っていた事です。
  グレンの音楽を聴いた誰かの人生が、すっかり変わって欲しい」
「その通りです」
「とても嬉しいです」
「カナダでグレン・グールドが歩いた道、行き交った道を歩く時、
  私の気持ちの深さは,口で言い表す事ができません。
  今日、ここにいられるのもグールド氏のお陰です」
「そんなにカナダと息子に感謝の気持ちを持って下さってありがとう。
 私も勇気付けられています」


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「少し昔の話をしますね・母は1920年生まれですが、
  1916年生まれの兄と戦前,台湾に住んでいました。
  日本が台湾を占領していたのです。
  兄妹は仲良くシュナーベルのSPでベートーヴェンのピアノソナタを聴いていました」
「あのレコード集は当時持っている人が珍しいもので、しかも非常に高価でした。
  遠いアジアの国で,息子が熱愛した音楽をお母様は深く尊敬していらしたのですね。
  なんと素敵なご両親をお持ちでしょう。今晩は私にとって特別な日です」

グールド氏は満足そうだった。
上品で教養深く,端正の一言に尽きるお父様だった。
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少し遅れてヴェラ夫人が入っていらした。
卒業式の写真を見せていただいた時、4日前の私の卒業式に出席しなかった事を思い出して2人に話した。何だかびっくりしていらした。
12才、小学6年生のグールドは大人臭い他の卒業生に比べて、あどけなかった。 

「私の人生は昔も今も息子さんの音楽に支えられています。
  カナダに来たこと、学生になったこと、子供の頃、闘病中に彼のサポートがなければ、
  あれだけの夢を持つことは、できなかった。
  グールドさんの音楽精神には、仏教に似た働きがあります。
  衆生をその手で救いあげるような。彼は、その自己犠牲的精神で、
  キリストのように十字架にかかった音楽家でいらした」
「親として、とても嬉しいです。
  息子が生きていたら、あなたの言葉をどんなに喜びましたことか。
  先程、サウスウッドの家内のピアノやら、思い出のSPの話が出ました時、
  私は旧宅にいるように感じました。
  息子は、根はとてもやさしい子でしたが、気難しかった」
「バートとグレンは、人がいい人か悪い人か見分ける直感力の鋭い人で。
  あなたのお話は、彼を育てたフローラが、有頂天になってしまうわ」
「息子は、自立した女性が好きでした。
  あなたはグールド財団からのスカラシップが得られるといいですね」

私は、グールドの父親に逢ったことを生涯、生き甲斐として生きた。
そのたおやかな物腰と穏やかな声を日々の励みにして暮らした。

私はグールドにガールフレンドが居たかどうか聞いて見たかったが、
そんな通俗的な質問をするとお里が知れると思い、黙っていた。
「もうお暇します」と言うとヴェラ夫人は「これからお茶をいれようと思っていたのに」と言われた。
それから
「バート、グレンの写真にサインをしてマコに差し上げて」と促した。
その写真は今は日本の家のレッスン室に飾ってある。
グールドから贈られたサイン付のレコードジャケットと共に。

グールド氏は「大丈夫だからいい。」という私を、
「寒いから、バス停まで送って行く。」とおっしゃった。
車の中でグ-ルド氏の大きな背中を眺めながら、私は、
「いつかグレン・グ-ルドと一緒に車に乗りたかった夢が叶った。」と思った。
「息子さんの事を思うと、今でも泣くの」と話した。

バス停にはもうバスが来ていた。
グ-ルド氏は発車したバスの後に車を付けると、そのバスを追いかけ、ある地点でバスを追い越した。
しばらく走って、グレン・グ-ルドがスタジオを持っていた「Inn on the Park」の近くのバスストップで私を降ろした。
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雪が降っていた。
「グ-ルドさん、色々とありがとうございました。フロリダへ楽しい旅を!!」
と手を振ってお別れした。
お2人は毎年、1月にはフロリダに行くと話しておられた。

雪降るカナダでの幸せな1日だった。



グレン・グ-ルドがスタジオを持っていた「Inn on the Park」
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伯父と母
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マサコさん専用ブログ 「my life with gg」 。
長らく進まなかった「後追い日記」1985年分を一挙にアップしました。
また、古い日記にも写真をいろいろ追加しました。
機会がありましたら、お立ち寄りください。
(少し重複している記事もあります)

http://mhara21.exblog.jp



by grpspica | 2015-09-25 00:00 | memorial day | Comments(0)