「大切な人」を観て byマサコ |
8月29日三宮のフォアベルクコーボルト ホールで開かれた朗読会に行った。
正確には歌と朗読で綴る「大切な人」ー 私の家族が見た戦争ー (ねねぷろじぇくと第5回公演)である。
少女の目でみた戦争を挟んだ日本人の生活記録が語られた。
出演は、朗読者3人と ピアニスト(ぱくよんせ さん)。
朗読の合間に、父親・小学校教師・叔父の3役をこなす男優山本芳樹さんが、ギターをつまびき歌を歌う。
主役の少女を演じる仲代奈緒さんは、数々の歌をピアノ伴奏で歌う。
驚いたのは原作者宮崎恭子(やすこ)さんが描く母トモエさんの姿。その声を担当するのは、12歳年の離れた恭子さんの妹の宮崎総子(ふさこ)さん。
トモエさんはいう
「私が一口(ひとくち)少なく食べればいいの」
食糧配給の時、人に配るものより、悪いもの、少ない量のものを自分たち用とする。
その母の行為を歯がゆがる娘に対する答えがこれなのだ。
また買い出しに行ったときのトモエさんの言動も圧巻だ。
レンコン掘りをしている農家の人とのやりとり。最後にはレンコンだけではなく家まで行って米や野菜まで着物と引き換えに受け取ってしまう。
それは難しい場面にあって、誠意と愛情をもって、結局双方に喜びを分けあうことのできる人が持つ心のゆとり、生命の讃歌とでも言おうか。
そんなトモエさんを2姉妹の父親リュウゾウさんが日々、どれだけ愛おしんでいたのか、も伝わってくる。
裁判官をやめて東京で弁護士となったリュウゾウさんの転職の理由は、「裁判官としての自分の信念をいずれは曲げなけければならない時が来るから」であった。
その後、トモエさんと2姉妹は、リュウゾウさんを残して広島県の呉に疎開。
そして原爆の音や雲を見る。翌日広島を1日中歩きまわった叔父は後に癌で死亡する。
更に近所の小川が豪雨で氾濫して大災害となり、2歳?の総子の命を守って自らは死亡した祖母。
ことばによる映像表現のフィルムに続き、米兵の上陸を、まずはその足音から知った少女の心の内が追体験できる、見事な文章と朗読であった。
それから70年、植民地支配と明治~昭和の一番良くないところだけをもっと大掛かりに再現しようとする政治家が出て、それに引きずられていく国民は多いが、将来の日本の行末をしっかり見ることの出来るのは、昔も今もごく少数の人だけだ。
そのごく少数派であった宮崎家の素晴らしい姿には心が打たれる。
総子さんは長じてアナウンサーとなり、その娘の奈緒さんは、4歳の時に仲代達矢、宮崎恭子夫妻の養女となった。
宮崎家・仲代家の珠玉のような心の響きを、みなさんも是非堪能してくださいね。
奈緒さんのブログ↓
http://ameblo.jp/nao-style-room/entry-11251766573.html
「大切な人」神戸公演は本日です!
http://ameblo.jp/nao-style-room/archive1-201408.html
奈緒さんと共演者山本太郎さんのインタビューフィルム
https://www.youtube.com/watch?v=Zwoy64q45R8
あの舞台を思い出しながら、1人でも多くの人に観ていただきたいと願っています。モニカ
宮崎恭子さんは、著名な女優さんで、すでに売れっ子になっていたとき、まだあまり有名でない(あるいは無名の)仲代達矢さんと出会い、結ばれたそうです。宮崎恭子さんはすでに故人ですが、奈緒さんが、宮崎恭子さんの思いをこうやって世に広めてくださってます。ノリコ