3万日 by マサコ |
25才なら1万日。50才だと2万日。75才になれば3万!
ひいふうみいようをおばあさんに習ったように、息子のような年の科学者が、人生の使用期間を伝えてくれる。
人の一生を、取り敢えず年令で区分けするのは、死んでしまえば何もないと誤解しているから。
「時間と空間」は「神や愛」のように永遠っぽいテーマかもしれない。
もひとつ、「情調」「心の調整」が生きる必須、人生の課題曲であることは誰もが認めるだろう。
なんちゃって、私には3万日は長過ぎる。
グ-ルドは2万日と9日で、おさらば。
英国人作家のロレンスやスティーブンソンは2万にもならずに逝去している。鋭さと鈍さで人生の長短が決まるのなら、鈍く長いよりは、鋭く短い方が好み。
長生きしている人を見てもうらやましくない。ご本人も与えられた運命を生きていらっしゃるのでせう。
たかだか3万日は、あまりにも長い。
人の一生は、DNAと20才までの環境でほぼ決まってしまう。
その後、どんなに外的変化があろうとも、中の芯までは影響がないように思う。
50才(2万日)を過ぎれば、それまでに入れ込んだもののみ強音でがなり立つのだ。
人生とは生まれる前から決まっていて、当の本人はそれを知らないだけだと思う。
私たちは、守護霊と守護神的な精霊に守られて、どうにか過ごしていくのだろう。
一度、こうした精霊に逢ってみたいけれど、お礼を言う時は傍にいらっしゃる気がする。
この精霊のことを、最も自然に宗教深く描けた作家は、ナボコフだと思う。
ナボコフは鋭い知覚で、その気配を感じとっていたに違いない。