「殺されていい人」はいない by ノリコ |
・人間は絶対に戦争をしてはならない、このことだけは譲れない。
・世の中に、暴力で殺されていい人はいない。人間を、暴力で「殺していい人」と「殺してはいけない人」に分けてはいけない。
・憲法は、多数派によっても奪うことができない少数派の権利を守っている。
憲法は多数派によって少数派に押しつけることのできないものがあることを認めている。
・国民の多数派に従うことが常に正しいとはいえない。むしろ誰もが情報操作されたり、ムードに流されたり、目先の利益に目を奪われがちで、多数派の意見に従っても過ちを犯す危険がある。
・そのときどきの多数決で奪ってはならない価値を明文化したものが憲法である。
・憲法と法律は根本的に異なる。
法律はいわば「国民の自由を制限して社会の秩序を維持するためのもの」(国民に対する歯止め)
憲法は「国家権力を制限して、国民の人権を保障するもの」
(国家に対する歯止め)
・現代の憲法は、多数派・強者に歯止めをかけて、少数者・弱者を守るためのもの
・憲法の本質を理解するために、
「あぁよかった、自分は少数派ではなくて」で終わらないためには、イマジネーションの射程を広げる努力が必要である。
★多数派から少数派へのイマジネーション
★多数派と少数派は交替可能性があることへのイマジネーション
★人間には多面性があることへのイマジネーション
・憲法13条「すべて国民は個人として尊重される」
これは、
★「人はみな同じ」→人間として生きる価値がある点ではみな同じで、人として尊重される。個人のための国家であり、国家のための個人ではない
★「人はみな違う」→人と違うことはすばらしいことであり、個として尊重される。自分の幸せは自分で決める。そのために多様性を受け入れて主体的に生きる
・人権とは少数派や異端の自由を認めることに本質がある。
現在の改憲論についてのお話も、もちろんあったのですが、それを聞きたい人は11月3日の「はばたけ!9条の心」にいらして下さいね。ワールド記念ホールには8000人入るそうです。
ただ、僕は聖書にある通り不完全な人間です。カインの胤です。
本当に感情的になった時は、(例えば、肉親が目の前で殺されるとか)きっと、酷い人間になってしまうと思います。
だからこそ、冷静な時に決めておいて欲しいのです。
法律に感情論を持ち込むのは危険です。
最近の被害者救済に関する気運も、飽くまでも、救済に関するべきで、それに乗じて、被害者感情の考慮を法律に持ち込むと、刑罰が更生のためでなく、復讐のためになってしまうと思います。
目の前に餓えて、倒れている人が、もし、親の仇であったり、例えば数万人を死に追いやった極悪人であったとしても、まず、食料を与えられる人間になりたいです。
あなたのおっしゃるとおり、刑事司法は、被害者感情を満足させるためにあるのではありません。個々の被害者が「死刑にしてくれ」という気持ちは充分にわかりますし、多分私も同じ立場であったらそう思うでしょう。
でもどのような犯罪がどのような刑に値するかを決めているのが法律です。そして憲法が認めた権利、たとえば
「何人も、法律の定める手続きによらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない」
はどんな凶悪人からも剥奪することはできない権利なのです。
不完全な人間だから、間違いをしょっちゅうする。
不完全な人間だから、家では、普通のお父さんやお兄さんだった人が、戦場では、民間人を殺してもなんとも思わない、むしろいいことをしていると思ってしまう。
つづく
そして遺族に、あれは無駄死にであったと気づかせないために、「お国のために命を捨てた人」として顕彰するのが靖国神社(おっとこれは余談)。
そんな馬鹿げた行為を繰り返さないために、私たちの世代のひとつ前の方々は、憲法9条で戦争を放棄したのではなかったっけ。
9条が書いてある憲法の第2章は、今は「戦争の放棄」という崇高なタイトルですが、自民党案で「安全保障」にかえようとしてます。
改憲案9条の2で設置される自衛軍は「『法律の定めるところにより』国際的に強調して行われる活動...をすることができる」とあって、多数決(法律は多数決で作られるのです)で戦争に協力することができる道を作ろうとしています。
「戦争をしない国」から「戦争のできる国」になることは、美しい日本どころか、平和な日本という日本のアイデンティティを根本から覆すことなのです。 ノリコ
多数の中に、物の本質をわかってそのことに賛同している人はわずかで、大半は雰囲気で操作されてしまっていることに気づいていない人たちだと思います。
マスコミが本気になって情報操作したら、今、黒なことが白になるなんてこと、いとも簡単でしょう。
って何がいいたいんだろ?物の本質をしっかりと伝えるというのは難しいと・・・。物事が一方向にだだ~っと流れない為にも少数意見を保護することは必要だと・・・。 つづく・・・
父の兄は、当時、本気で戦争に行きたかったと言ってました。「今考えると、考えられないが、戦争時は本気で、俺が敵を倒す!って考えてた。洗脳されとったんやなぁ・・・。」と話してくれたことがあります。当時の若者の間では、それが普通だったのでしょう。今なら誰が聞いてもおかしいと思うことを当時は思わなかったわけです。 つづく・・・
っとまぁ、長くなりましたが、人間ひとりひとり、物の本質を見極める目を持たないといけませんね・・・ってことですよね・・・。
わぁ、まとまりなくてすみません・・・。
というコメントをMIXIにしました。長くて3つに分れてしまいました・・・。続けて読んでくださいね。すみませんでした・・・。
17:29
ぴいすけ | 削除
結局、戦後60年、強大な軍事力を持ち、核の抑止力を持つあの国さえもが、9.11という軍事攻撃を受けているのに対して、まがりなりにも、「軍事力の放棄」を掲げ、近くには「大統領殿」が「悪の枢軸」と呼ぶ、「北朝鮮」があるにも関わらず、日本は一度だって攻撃を受けてません。(実際、北朝鮮のミサイル実験なんて、クラスの悪ガキが、好きなコの気を惹きたくていたずらしてるくらいのもんです。)
この実績を前にして、何故、今、改正なのでしょうか?
正直、国土は狭い、天然資源は皆無、民族紛争があるわけでも、宗教問題があるわけでもない。彼等が煽る危険ってなんなのでしょうか?
確かに、アジアにおける戦後処理の問題はありますが、基本的には「北朝鮮」には戦争する力は残ってない、「中国」「韓国」は日本は大切なビジネスパートナーです。
日本が、自分達が加害者である、という立ち位置に戻って対応すれば、決して難しい問題じゃないと思います。
つづく。
17:29
ぴいすけ | 削除
あと、「自主憲法」云々をおっしゃる方がおられますが、
アメリカが決めた9条が、今、アメリカにとって大きな足枷になってるわけでしょう?こんな痛快な話はないと思いますがねえ。
長いコメントありがとう。
私の両親は直接爆撃を受けたことはなかったのですが、お父様の経験なさった恐怖は想像出来ます。
だって空からならどこに逃げても、追いかけて来れるのです。空爆される側の劣勢は、誰の目にも明らかでですね。
何が、起こっているのか、どうして起こっているのかという本質をとらえることは確かに難しいです。そのうえ正義や価値を置くものは人によって異なる。
でも私にとって「力にまかせて人の命を奪うことはいけないことだ」ということは、いつでもどこであっても明白な真理です。 ノリコ
今、日本に「戦争の出来る国」になってほしいのはアメリカ!
伊藤真さんのお話の中で、ヒロシマ・長崎に原爆を落としたのはソ連であってアメリカであるはずがないと思ってるワカモノがいるという下りがありました。こんなに仲良しの国同士がかって、敵対国であったことが信じられないのでしょう。
「今、日本をせめて来る他国の軍隊はない」という見解は多くの方、確か日本の防衛庁関係者でも述べていることですものね。正確に引用するためには資料を探さないっといけないけれど...ノリコ
全員である場所に向かって歩いて行く時、それぞれの能力が違うので、歩く速度が違う。1番速く歩ける人から、10番目、つまり一番遅くしか歩けない人。
みんなでスピードを合わせるって時に勘違いされがちなのが、じゃあ、真ん中の人のスピードに合わせようってなることです。
速い人はいくらでも遅くできます。でも遅い人は、もうそれ以上無理なんです。僕らが、本当に解りあうつもりなら、一番遅い人、一番弱い人にチャンネルを合わせないと不可能だと思います。
そこには、もう「多数決」などという共同幻想は存在しないのです。
本当に大切なことは、数字では表せません。
ところで私たちが登る程度の山歩きのルールはいうまでもなく、「1番遅い人に合わせる」です。そしてメンバーの数にもよりますが、早いグループと遅いグループに分断しないことも重要です。
山はそれだけ危険だということをみなが認識しているからでしょう。
現実の社会では、早い人はひとりだけで「もっと早く=もっとたくさん」なのかもしれませんね。
伊藤真氏は小学生相手にも憲法の話しをするとのことです。そんなとき多数決(つまり民主主義)の事例として、
クラスで「今週の掃除当番を誰にしますか?
「伊藤真くんがいいで~す」
「多数決だからそうしましょう」
次の週
「今週の掃除当番は誰がいいですか?」
「伊藤真くんがいいで~す」
「多数決でそう決まりました」
さらに次の週も全員一致(伊藤真くんを除き)で伊藤真くんになりました。
という話をすると、みながそれはおかしいと思うとのことです。憲法14条の平等の思想は、多数決でも侵されない重要な権利のひとつなのです。ノリコ