日本国憲法 is made in Japan by 津久井 進 |
「現行憲法は、占領軍から押し付けられた。だから変えなければならない」というのは、もう耳にタコが出来るほど聞いた実にくだらない改憲論の理屈です。
たとえば、安倍晋三氏は著書「美しい国へ」の中で次のように書いてます。
「戦後日本の枠組みは、憲法はもちろん、教育方針の根幹である教育基本法まで、占領時代につくられた」、「国の骨格は、日本国民自らの手で、白地からつくりださなければならない。そうしてこそはじめて、真の独立が回復できる。」、「まさに憲法の改正こそが、『独立の回復』の象徴であり、具体的な手だて」
文中の「白地からつくる」という部分は、過去の歴史と教訓を踏まえない、という意味でしょうか。そうであれば、学習能力ゼロでナンセンスとしか言いようがなく、まさか、そういう意味でないでしょう。ここは、「日本国民自らの手で」作るというところに重点があるんでしょうね。
そうだとすると、もともと、日本国憲法は、名実ともに日本人の手で作られているのだから、改正の必要はありません。この日本国憲法が純和製(made in Japan)であることを、あらためて確認しておく必要があると思います。
よく言われているのは、次の流れです。
◆憲法問題調査委員会(松本委員会)が改正案を提出→◆GHQがこれを拒否し、GHQ草案を提示→◆これに基づいて再度、憲法問題調査委員会が起草
確かに、松本委員会の当初の改正案は、明治憲法の焼き直しで、とうてい受け入れられる代物ではありませんでした。では、これに対抗するGHQ案はGHQのオリジナルか?
違います! その基になった原案は日本人の民間案でした。
当時、民間から出された改正案は、実にたくさんありました。そのうちの一つ、鈴木安蔵らの憲法研究会「憲法草案要綱」(1945年12月26日発表)が、間違いなくわが日本国憲法の原案です。
ちょっと、その案の一部を見てみましょう。(ひらがなに変換しておきます。以下同じ。)
「日本国の統治権は日本国民より発す」、
「天皇は国民の委任により専ら国家的儀礼を司る」、
「国民は法律の前に平等にして出生又は身分に基く一切の差別は之を廃止す」、
「国民は健康にして文化的水準の生活を営む権利を有す 」、
「男女は公的並私的に完全に平等の権利を享有す」
等々・・・
現行の日本国憲法の内容とそっくりそのままですよね。
さらに、もうちょっとさかのぼってみます。日本が明治憲法を制定・公布したのが、明治22年2月11日、現行憲法ができる57年前。このときにも、数多くのリベラルな憲法案が公表されました。
このうち明治14年に植木枝盛が発表した「東洋大日本国国憲法」が、現行憲法、あるいは、憲法研究会「憲法草案要綱」のタネになっているのです。これも、条文を見て頂ければ、現行憲法の内容とそっくりであることがすぐに分かるでしょう。
「日本の人民は法律上に於て平等となす」、
「日本人民は思想の自由を有す」、
「日本人民は如何なる宗教を信ずるも自由なり」、
「日本人民は言語を述ぶるの自由権を有す」、
「日本人民は自由に集会するの権を有す」、
「日本人民は自由に結社するの権を有す」、
「日本人民は諸財産を自由にするの権あり」、
「日本人民は正当の報償なくして所有を公用とせらるることなし」、
「皇帝は国政の為に責に任ぜず」
つまり、今から約130年ぐらい前に現行憲法の芽は、日本に生まれていたということになるわけです。むしろ、プリミティブに「白紙」からスタートした明治時代の方が、「法の支配」や「立憲主義」を正しく理解できていたのかも知れないな、とさえ感じました。
さらに、戦争放棄・戦力不保持の条項については、当時の幣原喜重郎首相の意思に基づいて設けられたものである、ということは既に常識的に知られていることではないかと思います。たとえば、「米軍軍事・外交合同聴聞会記録」(1951.5.5)でのマッカーサーの発言は次のとおり。
「内閣総理大臣幣原氏が私のところにやってきて、こういったのです。
『私は長い間熟慮し、信じてきたことがあります』
と。(中略)
『これは、長い間熟慮し、信じてきたことなのですが、この問題を解決する唯一の方法は、戦争をなくすことです』(中略)
そして『私は、現在起草している憲法の中にそのような規定を入れるように努力したいのです』
と言ったのです。私はこれを聞いて思わず立ち上がり、この老人の両手を握って、これこそ取られうる最も建設的な道の一つだと思う、と言いました。」
幣原首相自身も、国会で次のように発言しています(1946.8.27貴族院本会議)。
「実際この改正案の第九条は戦争の放棄を宣言し、わが国が世界中で最も徹底的な平和運動の先頭に立って指導的地位を占むることを示すものであります。(中略)
文明と戦争とは結局両立し得ないものであります。文明が速やかに戦争を全滅しなければ、戦争が先ず文明を全滅することになるでありましょう。
私はかような信念を持ってこの憲法改正案の起草の議にあずかったのであります。」
後の1956年に自民党が単独で設置した憲法調査会の調査会長の高柳賢三東大教授も「憲法9条は(中略)調査会の集めたすべての証拠を総合的に熟視してみて、私は幣原首相の提案とみるのが正しいのではないかという結論に達している」と断じています。
このように、日本国憲法の中身は、古くからの日本人の英知と、当時の日本の市民の良識が源泉になっているのであり、内容は和製そのものといわなければなりません。
そもそも、日本国憲法の制定手続は、当時の明治憲法の改正の手続きに沿って行われており、また、国会審議は、日本人の手で進められたのであって、形式的な手続きも、適法に進められました。
したがって、名・実ともに、メイドインジャパンなのです。
どうしてこれが押し付けなのか。それは、この憲法を押し付けられて、不自由な思いをする人たちが、気に入らないからでしょう。
憲法で縛られて不自由になる人は誰でしょうか? それは権力者です。
政府が「押し付けだ!」と言っているということは、憲法が正しく機能していることにほかならないので、とてもよいことだと言えるでしょう。
※この鈴木安蔵の憲法草案の件は映画「日本の青空」として上映予定です(http://www.cinema-indies.co.jp/aozora/index.html)。
まぁ人間は、過ちを犯しては反省して進歩するのだから、憲法のあるべき姿はおおよそ一定してくるのかもしれません。
それにしても明治時代に現行憲法と同じ発想のできる人がいたってことはすごいですね。
平和主義ついては、戦争を経ないと出てこなかったのでしょうね。とすると日本人が体験した1回の戦争で平和主義にどりついたこともまたすごいことです。
1 よく勉強されている。
現憲法の成立過程のみならず、制定後の関係者の証言内容、また明治憲法の制定にも言及されており、丹念に資料を読まれていることに感心いたしました。
私も触発されていろいろと読ませていただきました。 ありがとうございます。
2 先人達の努力に敬意
終戦直後の食べていくのにやっとであった1945年から46年にかけて、實にたくさんの憲法試案が発表されています。 政府案の「憲法改正要綱」(甲案)、「憲法改正案」(乙案)以外にも、民間からは、代表的なものとして、津久井さんの指摘されておられる憲法研究会の「憲法草案要綱」、政党案としては、日本共産党の「新憲法構成の骨子」、「日本人民共和国憲法草案」、日本社会党の「憲改正要綱」等々
終戦直後の先人達の、日本再興を願う暑い思いが伝わってきます。
1946年2月13日日本側に手渡されたGHQ草案は、津久井さんの言われるように民間グループの憲法研究会の「憲法草案要綱」(1945年12月26日発表)が大きな影響を与えていたことはGHQ民生局文書から読み取れます。
ただ、この鈴木安蔵氏の「憲法草案要綱」には、現行の日本国憲法改正論争の最大の焦点となっている、第2章戦争の放棄第9条に該当する条文がありません。 憲法研究会は国の安全保障についてどのように考えていたのでしょうか?
そのときから既に、アメリカにおんぶに抱っこ思想、又は米軍傭兵思想、それとも、米軍占領下でそこまで考えなかった、ということなのでしょうか?
憲法研究者の鈴木安蔵氏ですから、大日本帝国憲法にも、アメリカ合衆国憲法にも、国の安全保障に関する規定があることは当然知っていたでしょうし、その後できた中華人民共和国憲法や、大韓民国憲法にも、武装力とか国軍という表現で国家の安全保障にかかわる規定が定義されています。 (国の安全保障に関わる規定のない憲法があれば知りたい。)
戦後アメリカの対日政策については、1945年8月14日、日本が受諾したにポツダム宣言に、日本の「民主化」と「非軍事化」が規定され、そのうち、後者に関しては、軍国主義者の追放、戦争遂行能力の破砕、軍隊の完全武装解除、軍需産業の禁止などの措置が明記されていました。さらに、連合国最高司令官として日本占領政策の遂行にあたるマッカーサーに対して米国政府は、ポツダム宣言に基づき、具体的措置を実施すべきことが、指示されていたのも当然のことです。
GHQの憲法草案には、第2章戦争の廃棄第8条が記述されていますが、これはアメリカの日本非軍事化政策の明確な具体策ですね。
前述の民間グループの憲法研究会を組織した高野岩三郎氏は、鈴木安蔵氏の「憲法草案要綱」よりももう一歩踏み込んだ天皇制廃止(大統領制の採用)・共和制樹立の立場から独自の「日本共和国憲法私案要綱」起草していますが、これをGHQの民生部は何故取り入れなかったのでしょうか? やはり天皇制度の維持は占領政策の遂行に有利と判断したのでしょうか? アメリカ大陸の原住民をほぼ皆殺しにし、アフリカから黒人奴隷をかき集めてきた国が日本の天皇に敬意を表したなどという理由など考えられませんし。 ただ、私としては、歴史的判断の理由が唯一つしかないというのがどうもすっきりしません。 (どなたかご存知であればお教え願いたい。)
現憲法の改正是か非かを検討するにMade in USA か Made in Japanかの論争は重要ではありません。 要は、制定後60年以上が経過した現憲法(明治憲法は56年)が、これからの日本の発展と、国際社会において的確な行動ができる国家の憲法として有効かどうかを議論すべきです。
事実自衛隊は軍隊でないと言っている国は日本以外にありませんし、第9条を読めば自衛隊は憲法違反なのですから。 マッカーサー=アメリカは日本に再軍備させないためにGHQ憲法草案を作ったのではありませんか?
7 お茶タイム
またもや長くなってしまいました、では小話を一つ。
A boss said to his staff, “You should go to the barber on your own time.”
He replied, “But my hair grows on company time.”
でも回答はいろいろ調べないと答えられへん。調べても答えられへんかも。いよいよ忙しそうな津久井さんにも、振ってみるけど。
最後のお茶タイム小話、company time は、勤務中にも伸びているかな。
Utakataさんの出題にはいつも頭を悩まされます。ノリコ