ペーパー版「海峡」の新スタイル
by grpspica
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30
検索
メンバー
ノリコ:2000年セミリタイヤしたのにまだ現役の弁護士

モニカ:元ピアノ教師 得意分野はネットを駆使しての調査
 
マサコ:シャーマン 得意分野は音楽・文学・哲学少々

mari :お絵描き芸者 先祖は猫

ミクシのグールド&ナボコフコミュからお訪ね下さった皆様へ---
グールドと音楽に関するマサコの文章は、
my life with gg (グレン・グールド)
に移動しました。

ナボコフ関連のエッセイは、検索して下さると、出て来ます。

ブログの輪
musolog
AROMAISM〜アロマ主義
ややバッハ日記
☆ホメオパシ−と医学と私☆
弁護士村上秀樹のブログ
daisaku's view
津久井進の弁護士ノート
life あゆさんのブログ
お玉おばさんでもわかる 政治のお話
カテゴリ
タグ
最新のコメント
記事ランキング
以前の記事

by grpspica | 2005-12-06 11:35 | グループスピカ | Comments(1)
2005年 11月 29日

むだい-強いていえばさながら火事のごとく by マサコ

  かつて私は「専業主婦希望」であった。それは、働きに行くのが嫌というのではなくて、同時に2つ以上の事をするのが苦手だと、音楽院での学生生活を通して、しみじみ思ったからである。
ところが「そんな甘い考えでは相手などいない」とボロクソであった。

  家事労働は、なぜ一般労働と同格に認められず、世間からは「遊んでいる」、家族からは「何もさせていない」と言われてしまうのだろう。それは、家事が「やったことが見事に消えてしまう仕事」だから。家事能力は天才から鈍才+努力や心がけが、大きく左右する職種である。しかしながら、その拘束時間や労働内容も極めて、あいまいなものだからなのだろう。基本的に人の世話は「抽象的」な世界。

  トルストイが「幸福な家庭は皆似ているけど、不幸な家庭の状態はまちまち」と言っているけれど、それはトルストイが主夫でなかったから言えたことではないか? 家事は家の幸せに大きくひびくものである。

  カナダと日本で、「子育てに失敗した」という家庭を思い浮かべると1つの共通点がある。子育てに忙しい時にお金を稼ぐことに狂ってしまった両親。財産としての家を増やして貸家とする。「お金さえあれば人生どうにでもなる」という思いだったようだ。

  ウィリアム・モリスの小説を読むと、モリスの理想とする人間の表現に、改めて、母や祖母が理想とした人間像がよくわかる。
いつも働くこと。体と頭をバランスよく使うこと。生き生きと美しいものに感謝感動できること。打ち込むものを持つこと。神様に喜ばれる心を持ち、人の幸せに役立つ人間。特に「手を動かしていないと心に悪魔が入る」のモリスの表現にはびっくり。

  あれっ「専業主婦」から脱線。
そうそう、私は希望が叶って、それも欲どしかったものですから、神さまが、「2人」、2人も主人をプレゼントして下さったのでした。神さまが熟考の後に決めた私の人生は2つ。豊富な体験のためイギリス式階級制度でアッパーミドルとその下。

  アガサ・クリスティの自伝によれば、クリスティの育った家には、1日台所で料理を作る人と、その料理を食卓に運ぶ人、更には、食卓でお世話する人と、食べ物関係でも3人が働いていたそうです。しかもクリスティは「上流ではなかった」と申されております。

  はあー、そうなりますっていと、この3役をいつも1人で休みなくこなす人はどういうことになるのでしょうね。おそらく、こういう綴り方を書く暇はありますまい。







by grpspica | 2005-11-29 09:35 | グループスピカ | Comments(5)
2005年 11月 23日

篠山詣で  by モニカ

10月に篠山の友人から連絡をもらって、黒豆枝豆狩りに。
昨年は食べ物不足で里に下りてくる猿や鹿、いのししを警戒して1度に全部刈り取って帰ったけれど、今年は防護ネットを周りに張り巡らして下さったお陰と里に下りてくる動物たちも少なかったので、立ち枯れるまで置いて木で熟した黒豆を採りにもう1度来ることに。
でデで....11月20日が今年の黒豆狩りの日。刈り取る前に写真を撮るのを忘れたため、刈り取った後のもの。残っているのは27日に取りに来る人のもの。(当日次の仕事のためにネットをはずされたためか、この後子供のいのししに少し食べられたらしい)

a0019212_0331337.jpg
a0019212_0333581.jpg



刈り取り終わって、写真を取ろうと周りを見るとなんだか変な光景が......
ムムム..ッ...これって『サクラ ?!×○▼!?』
a0019212_0343874.jpg

そうなんです。紅葉の右、栗の上に桜の花が伸び伸びと咲いていました。栗もちゃんとなってましたよ。
a0019212_0355399.jpg


篠山って、けっこう寒いところなのに、何が狂ったんでしょうか。
我家の庭ではジンジャーがまだ蕾を膨らましてるから、...という話と一緒には出来ないような気もするけれど、やはり温暖化の影響?

収穫を終えた後は、10月1日にオープンした「兵庫陶芸美術館」の券を頂いていたので寄り道。しかし11月19、20日は「関西文化の日」とかいう日で、入館無料の日でした。あちこちの美術館、博物館等が無料だったようです。こんな話初めて聞いた我々でしたが、いつから始まったんでしょうか。来年は有効利用したい制度です。

その美術館は通常でも午後7時まで。金土は午後9時まで開館していて、これはなかなか便利。五時閉館だったら我々も時間的に無理でしたから。日も沈んで暗くなった道を地図を頼りにひた走り。迷ったかなと思う頃に現われた建物は、それはりっぱなものでした。木をふんだんに使ってあって、茶室ではお茶も飲めます。研修施設もありました。陶芸の研修でもするのかな。またレストランの前のひろ-い展望デッキはウッドデッキで、獅子座流星群(でしたっけ?)を眺めるには最適です。だって周りは真っ暗ですから。
兵庫陶芸美術館
ただね、シーズン時はいいけれど、オフになったら赤字ではないかと..余計な心配をしてしまいました。

帰りはそこから今までとは違った道を通って、トロトロ迷いながら帰って来ました。







by grpspica | 2005-11-23 00:39 | グループスピカ | Comments(0)
2005年 11月 22日

イランイランとランタナ  by モニカ

今年の1月、留守にしている間にすっかり弱ってしまったイランイラン。
葉っぱも全部落ちて丸裸になり、もうダメかと思ってたけれど、あきらめずに介護したところ以前のように葉を繁らせてくれました。

丸裸の木に芽が出始めたところ
a0019212_2257919.jpg

 現在の様子
a0019212_22563888.jpg



これで後は花を付けてくれればいいのですが......今年は...じゃない..来年は無理でも........
これは去年の花を付けたイランイランです。
a0019212_2341691.jpg


以下はmoranさんに約束したランタナの写真です。
メールで送る方法を忘れたのでここに貼り付けます。
a0019212_2353055.jpg

a0019212_2361377.jpg

最初のイランイラン日記

  イランイランですよ byモニカ


前の日記

その後のイランイラン日記です。

  カナダいくら・鎌倉かりん・イランイラン byモニカ







by grpspica | 2005-11-22 23:00 | グループスピカ | Comments(4)
2005年 10月 30日

語理横丁に迷い込んで by マサコ

 朝5時半に起きて、午前9時過ぎまで多国籍語理のつまみ食いをしている。その間、体操を2回して。かつて1980年代に7つの英語放送を聴いてTOEICを受験した時代とは全く異なる経験である。

 まず先生の善し悪しが、すぐにわかる。ほとんどの番組が、気楽にショー的な流れで楽しめるようになっている。がしかし、地道には身につかない。

 次ぎに、超初級、すなはち、嬰児に母乳を与えるように「おっぱい」を飲ませ始める両親のような講座がほとんどない。あれを入門というなら、どうしようもない中級崩れにも、初級にも上級にもつながらない教え方をする番組だらけとも言える。
 例えば、ピアノの最初の1ヶ月に生徒にこんなに教えると、その先生は、即クビになるだろうのに。

 11月からは、独語とスペイン語を止めて、仏・露・中国語に専念する。そのうち、1カ国語にしぼる。

 それにしても、日本は将来、小学3年生から、英語の授業を始める計画があるということだけど、一体、誰がどんなテキストを作るのだろう。
 日本人の第一外国語は、中国語か朝鮮語にして、歴史もよく習えばよかったのに。私がこの国に生きるのは、長くても後30年だろうが、地崩れして行く国の恐ろしさが、しみじみ伝わってくる昨今である。
 ヨーロッパの文化というのは、他国の侵入に身を震わせながら、生きることから成り立っているのかもしれない。

 私にとっては、ボケをかき回すに過ぎない「語理」の時間なのだが、彼のニーチェに影響を与えたといわれるエマソンの次の言葉を支えに。

 A retentive memory may be a gook thing, but ability to forget is the true
token of greatness.

「記憶力のよさはいいことかも知れないが、忘れる能力こそが偉大さを示す本当の証(あかし)である」

 これって、語理のこと、それとも史実の事?





by grpspica | 2005-10-30 16:28 | グループスピカ | Comments(2)
2005年 10月 23日

「ライファーズ」を観て byマサコ

 おしろい花が咲き誇るようやく秋らしくなった夕方、弁護士会館の講堂でドキュメンタリーフィルム「ライファーズ--終身刑を越えて」を観ました。
 アメリカの刑務所で、死刑や無期刑の受刑者たちが、他の収監者に更正プログラムへの参加を呼びかけて、受刑者たちの新しい生き方に力を貸している、その様子が淡々と描かれています。
 身を乗り出して見つめた世界には、貧困・性的暴力・殺人・薬はもちろん、犯罪をベースに人生を送ってきた人々の辛い過去と、同じ体験者が更正して、受刑者の世話にまわった様子が対照的に映し出されます。

 「あなたにとって安全な場所(サンクチュアリ)はどこでしたか?」と問われてひとりづつ回答を書いていきます。ふたり一組で相手の手を触りながらじっくり観察してそのときの思いを述べます。
 ある受刑者は10才の時に犯されます。彼は大人になって理由らしい理由もなく人を殺すのですが、本当に殺したかったのは、10才の時の彼への犯罪者であったと思えます。人一倍純粋で、人を喜ばせたい心を持つ子供が、信頼していた相手(親しく家に出入りする知人)に性的暴力を受ける。その後もその人は何事もなかったように家に出入りする。彼は親にも話さなかったし、家族は子供の状態に気づきませんでした。そのことが悲しい結果につながっていったのだろうと考えさせられます。

 似たような経験をしない者は、相手の体験を想像することはできても、奥深いところまでは理解できない。だから受刑者の発言は受刑者には重く受け止められる。でも現実には、私は囚人ではないけれど、心の中はいくつもの鎖で縛られていて、今まで人を殺さなかったのは偶然が重なり合っていただけのことでしょう。

 どの囚人も、人の思いやりある心に接している時は、顔が輝いてみえました。
 映画の最後近くで、刑務所でのクリスマスディナーの場面が出てきます。寄付で集まった食料です。このような更正プログラムの背後には、アメリカ社会にしっかり根付いるキリスト教の影響がみえます。

 おいしい食事こそが、人が人に守られている安心感と愛情を伝えることができるもの。TVで凶悪犯罪が報道され、ワイドショウで「人格・性格」が問題にされる時、「その人が、幼い時から何を食べてきたのか、少なくともこの1年、どんな食事をしたのか、と考えてみてほしい」と思うのです。

 クリスマスには人からのプレゼントを期待するのではなく、人に勇気と希望を送れる食べ物を届けられる生き方をしたいと願います。






by grpspica | 2005-10-23 18:07 | グループスピカ | Comments(3)
2005年 10月 16日

マサコの語理コーナー by マサコ

ハングル体験 ーー生徒と先生の本音

私は現在ハングル通算9ヶ月目の学習に入りました。
手始めは1991年4月から4ヶ月、長いブランクの後、2005年5月から8月まで。
そして今秋は応用編を10月から学習しています。
超初級だった頃、W先生は歌で、あっという間に生徒の世界を拡げて下さいました。
2番目の先生は、文法と本文テキストの内容が優れていました。
現在は映画のシナリオから学んでいますが、楽しくて仕方ありません。
映画は、人間の心情を吐露する波長の音なので、まず聞き取れません。
しかしシナリオがテキストになっていて音読すると「ナンダ、コンナコトカ」なのです。
応用編の先生は、とても上手にポイントを押さえて、キビキビと例文を作っておられます。

さて私にとって相性のいい先生とは?
 1.声が良い。
 2.覚えたくなる例文が作れる。
 3.授業に無駄がない。
 4.しなやかで、覇気のあるエネルギー。
 5.生徒を喜びの中にガリ勉に駆り立てることが出来る。
さてさて、先生からの理想の生徒は?
 1.遅刻しない
 2.予習か復習をする
 3.先生に惚れるか、惹かれる
 4.あきらめないで、どこかは聞く
 5.目的があって習う

私は30代にフォニックスを通して英語の発音を習い、
どういう訳か数年間先生をしました。
その時の体験が、今も学習に役立ちます。
「学習」といわず、「パズル・音のブロック遊び、トンチ旅行」で、語理を!






by grpspica | 2005-10-16 12:39 | グループスピカ | Comments(2)
2005年 10月 13日

マサコのちょっと「語理」 byマサコ

「語理」は、ナボコフの弟子(ただし「愛」は付かない)の私の造語で、
「語学」と「料理」を合わせて÷2にしたのです。
「学料」でもいいけど、おっとどっこい、
この「学」の字が言葉をむつかしいと思わせるのである。からには、「言う吾、王さまの里」のキャッチコピー「五十口」で、口の中のお話をしたいなぁ!

料理は口から食べるけど、語は口から出すものである。
で、口を鍋だと思いましょう。
ナベといっても、唇は「蓋」と考えて、喉はガス火くらいに思いましょう。
うーんと、「歯」は何にしよう....。ナイフにしとこうかな。

さて「M」の音「ムー」は鍋の蓋を合わせて(2つだよ)「ム」。
そうそう「舌」は杓文字(しゃもじ)か柄杓(ひしゃく)ね。

「N」は、この舌先を上歯茎につけて、鼻に抜くような音色。
日本語では「カンダ(神田)の「ン」あるいは「ヌノ(布)」。
「B」は、鍋蓋2つで、一気に「ブッ」。
日本語の「ぶう」ではダメ。

さて、日本語の「しんばし」。
この「ん」を発音する時、「ば」の準備のために「ん」が口唇を重ねて出す「M」の音になっているのを気づいた人はいますか? 
「しむばし」といっているか、ちょっと試してみて!
「新聞」はどうですか。
「1円」を「いちえむ」と言っている人もいらっしゃるそうで、
ご本人は全く気づいていないと思うけど。

最後に「りんご」と言ってみて下さい。
この「ん」は何でしょうか?
「ご」が喉の音なので「ん」はすでに「喉」めがけて移動しているゆえに、
「ん」が「ng」になっていることが感じられますか?

チャネル(海峡)語理コーナーの専属コーチを務めるマサコでした。







by grpspica | 2005-10-13 10:00 | グループスピカ | Comments(3)
2005年 09月 08日

作家になるには by マサコ

作家になるには..........。

 作家になるには、見てきたような嘘が堂々と書けないといけない。取材旅行をする人もいるわけで、私は、書いてみたい小説の舞台の地ロシアへは行く気はしない。それも風景の描写の表現のためにだけ旅行に出かけるなんてバカげている。
 ロシアものは名前がややこしいのでほとんどの文学作品をパスしている。
 しかし、音楽を聴けば、そのままその土地の思い出や前世の出来事の一部が部屋の中にスクリーンのように現れることがあった。

 あれは20代、あのピアニストのスクリャービンとプロコフィエフのピアノソナタを初めて聴いた時のことだった。
 スクリャービンの最初の「ドドンー」で雷に打たれたように、私の心にはピアニストと夫婦だったと響くものがあった。これはロシアものの音楽がロシアという土地のエネルギーを伝えて前世の記憶が一時もどったのだ。プロコフィエフでは聴く度に5才くらいの男の子が大きなソファと共に出てきて、ソファの上で「ピョンピョン」はねている。
 「スプリングが痛むから、はねて遊んではいけません。」
 といわれても、はねるのをなかなか止めない。
 
 日記に書く
 - Gのスクリュービンを聴くとGと夫婦でいるみたい。プロコは、まるで息子を生んだ感じがする。背徳の言葉がこんなに身近に迫ってくる感じは何なのだろう。
- Gは戦後初めて西側からロシアを訪れたピアニストということだ。Gの伝記を読めばGは、少しだけ幻聴があったときもあるようだけど、とても私のように四次元からの参入に一生を棒に振った人生ではない。

 現にこのロシアものもホロヴィッツに人気があるのを気にして挑発的に選んだ曲目。ピアノに関しては神様の国のような美しさと自由さプラス濃厚な自我意識で一生仕事をし終えた人なのだ。
 つまり、彼の霊的な部分はピアノという実際の場において不朽の演奏を残したことにある。
 そのピアノを聴いた生まれ変わったシャーマンがその前世の一部分を見たのは、シャーマンにとってどうしようもないことだった。

 しかし当時の私は、多分、Gと会ってその先を期待しているから、こんな空想をするのだろうと思っていた。そして、長い歳月の間にそんなことがあったのも忘れ去っていた。
 21世紀に入った1月、私はなぜ、こんな文をしたためるのだろう。
 去年の2月に夢で見たことが忘れられなくて、今だに尾を引いているからだろう。

 夢を見るのは「霊能者」の大きな特徴といわれている。夢は別次元で生きるもう一人の自分の世界という人もいる
 夢というのは結構「用が足せる」世界である。夢を全く、あるいは、ほとんど見ない人は霊能の素質のない人ともいわれている。
「シックスセンス」の中にあったように、人間は眠っている時に話しかけられると起きているときよりずっと効果がある説も、エドガー・ケーシーの本に出てくる。

 たとえば、ヘ短調好きのGにふざけて「ショパンのエチュードの中から2つのヘ短調を選んで、あなたのために弾きましょうか?」と問うと、夢の中で、「僕のためにショパンは弾かないで」との返事。

 グレインジャーのCDを長時間聴いていると必ず何度か止まる。それが数ヶ月続いた。
修理の人に来てもらったり、ステレオから奇妙な音が出て、びっくりして、ようやくGのいたずらだと気づいた時、「男の子だな」と感心していたら、Gは夢の中に出てきて、Gの写真の前に置いてある箱に入れてある、ビーズのネックレスを振りまわして、遊んでいる。何もいわないけど伝わってくるものがある。
「僕のこと『男の子』って感心しているけど、そういう君もこんなものお供えしていて、まるで『女の子』ですね」
 にこにこ笑っている。

 人さまには閑な人だなぁとあきれられるかもしれないけど、結構交流できて心は満たされる。で、こんな体験ができない人は、人が死んだら、それっきりでずい分と淋しいだろうなぁと思える。

 作品にはテーマがないといけないらしい。作者の言いたいことや考えていることが読者によく伝わらない文学作品は駄作になる。
 感受性・表現力・視点のない作文は内容のないものが多いが「小説」となると方向性・普遍性がなければ、読者がどの方向へ連れて行かれるか、ワクワク・ドキドキする快感(スリル)がないだろう。

 私、どうしましょう、では、材料を並べただけの台所に招待されるようなもの。
一体、いつ料理が食えるのか食えないのか?
腹が空いているから、早く食べれるのなら、何か手伝うよ。
空腹になるとかんしゃく起こすタイプの読者は、短気にも筋を想像してくれるか?
あるいは、作文の整理に手を出したくなるのではあるまいか?

 この物語の2つ目のテーマは、「自分を許すこと」
「自分を愛すること」これは、人を愛するよりは、むつかしいのでは?
 自分がかわいくて、わがままに振る舞うのではなく、自分を大切に。この中には自分の罪を自分で許し、相手の人に許しを求める行為も含まれているのではないか? 人間では無理なら、神様にお願いする手もある。

 阿刀田高さんは「もしハムレットが違う性格なら『ハムレット』は別な筋の物語になる。シェークスピアは人間の性質を書いたのだ」
 さすが作家である。

 もしハムレットが別の性質ならとは考えたことがなかった。
 となると各人、性質が違えば同じことが人生に起きてもその後の展開が異なる可能性があることになる。

 結論。
 もう、あとがき? とびっくり。
 人妻の浮気はゴロゴロある。姦通した男女が、いつも死んでいたら、この世には生きている人の方が少なくなる。
「なぜなぜなーぜ?」
 その訳は、性格が運命を作ったの。

 駄文を書くのは、ゴルトベルクの練習くらいきつい。なぜなら自分でうんざりするから。
作家になれない。ピアニストにもなれない。お嫁さんにもなれず、母親にもなれなかった、我が人生!
 そっと昼寝をする。

 夢なら、どんな夢見てもいいんだよ。 2001.1.10






by grpspica | 2005-09-08 09:42 | グループスピカ | Comments(1)
2005年 08月 28日

私は、原野里子よ

きょうは、高等学校の同窓会でした。
卒業後 ン十年です。
前回はノリコが監事を担当し、人と未来防災センター見学・梅の花でのお食事とルミナリエというもりだくさんの日程を組みました。
それからの3年の間に亡くなった方がおられます。
介護のベテランは「こうやって、次々に親を送ると、次は自分だということを実感する」
と言われました。

私は9.9「9条の心」を大々的に宣伝しました。
14枚持参した券が7枚になったということは・・・うれしいっ。7人来て下さるのね。

数人にこのブログの宣伝をしました。
「コメント残してね」と頼みました。

で、私はこのブログでは、原野里子です。


間違っても本名で呼びかけないでね。






by grpspica | 2005-08-28 18:37 | グループスピカ | Comments(3)